岐阜・金華山2010/07/18 21:57

久しぶりの陽に輝く岐阜城天守
2010年7月17日(土)、今日で今年何回目か、週1回程度登ってきたが今日は1ヵ月半ぶりになってしまった。
6月の夜叉が池登山の後、少々体調不良があり、また梅雨時でもあり雨天が多くつい遠のいていた

いつもより1時間弱遅いバスで岐阜公園へ

金華山は岐阜市の市街地の中に立ち上がっているといってもいい。頂上には織田信長ゆかりの岐阜城が建ち、長良川の鵜飼とともに岐阜のシンボルでもある
西麓に岐阜公園があり主要な4本の登山道がここからのびている。またロープウエイも公園の中央から出て行く

今日は時間的にも距離的にも短い、が健脚者向けになってる馬ノ背登山道を登る。
ロープウエイ乗り場横から三重塔の前を過ぎ、瞑想のこみちと合流。木々の間から岐阜の町並みに長良川も目に入る。まもなく瞑想のこみちと別れ傾斜がぐんっときつくなる。
この道は尾根を伝っていくところから名がついたのであろうが、木々に囲まれて視界はきかない。岩の露出したところが何箇所もあるがよく踏まれているので迷うことはない

久しぶりだからか珍しく少々きつい!先日来の気持ちの少し揺らぐところがこのようなところにも出てくるのか?

頂上はいつものように、登山者とロープウエイで来る観光客でにぎわっている。時間が遅いせいか朝の登山者は少ないようだ
金華山登頂9000回を超え、13333回を目指しておられる方を知っているがが、その方は毎朝夜明けの頃登られ、それも1日に1~3往復登りその後仕事に勤務されているつわものだ。
年何百回登るという高齢登山者が頂上で何人も談笑されているし、市街地に接し標高329Mの金華山はコースも数多く整備され手軽に登ることができて、老若男女誰もが楽しめる山である

今日の下りは裏側の高坂・唐笠コースから水道山経由で下山。すぐ近くの柳ケ瀬商店街を抜け岐阜駅まで歩いた
岐阜市の中心街も以前のような賑わいがない。「柳ケ瀬」の地盤沈下が甚だしい
街を歩く人が少なくなり、路面電車を廃止までした道路は車の通行量も減ってきているように見える。バスの多くもガラガラで走っている

先日、テレビの番組で岐阜市が取り上げられ、岐阜の人はどこで買い物するのですか?という質問に市民は即座に答えられず、「岐阜には百貨店が1店しかなく、多くの市民は電車で20分でいける名古屋で買い物をしている」というコメントで締められた
このコメントは嘘ではないだろう。しかしこの岐阜で長年流通業に携わったものとして、このコメントが全国放送で流されたことに大変不愉快を感じたのは僕だけだろうか
人間主義都市・コンパクトシティを目指す細江岐阜市長はこの番組をどう思われたのだろう
コンパクトになった街で、そこに住む人間は安全に便利に安心して生活ができる、ということだと思うが大賛成だ
クルマ中心社会で無秩序に広がった市街地を「縮小」するという英断・・・・・クルマをできるだけ排除し環境にも市民生活にもやさしい、かつ、人でにぎわう活気ある街づくりへ、市長は早急に決断・実行してほしい
中身の濃い市街地を造れば、名古屋への流出を止め逆に名古屋から呼ぶことができるかもしれない
かっての柳ケ瀬歓楽街へは名古屋からタクシーをとばして来ていたというではないか・・・・・

夏山びらきの伊吹山へ2010/07/07 18:57

頂上売店前
2010年7月4日(日)、前日寝るときも降っていた大雨が、朝起きるとなんとあがっている。
7時、県庁横に集合、乗り合わせて伊吹の登山口へ

登山口では山開き行事に出席する米原市長を囲んで写真を撮る。市長、お忙しいところありがとうございました。
目の前の登山口の階段を横目にまっすぐ林道を行く。前日の雨で滑りやすいだろうとの判断で1合目までは林道を選んだ。

伊吹登山は30数年ぶり!
20代の頃北アルプスを目指す訓練のため何度か登った。当時は夜行登山だった。頂上からご来光を拝んだり、朝日でできる伊吹の山の影が琵琶湖側に見られもした

今日の一行にも今年の富士登山の前哨戦として参加している人もいる。林道をパトカーや報道の車が追い越していったが山開き関連か?しかし1合目にはそれらの車はなかった
1合目から眼下には町並みの向うに琵琶湖が眺められた
ここからスキー場のゲレンデの中の登山道に入るが、まもなく雲の中に入ったのだろう、視界がぐんっと狭まる。濡れて滑りやすい道が続く

3合目手前で雨模様となる。新調したゴアテックス使用のレインウエアを着ることにする。新しいものなので一度着てみたいと思ったが、使わず済めばそのほうがいいのだが・・・

周りが見えないのではっきりわからないが、5合目まではスキーのゲレンデを歩くので比較的傾斜がゆるい、しかしここから徐々にきつくなる。
ジグザグ道・岩がごろごろ、風がまともに吹く付け、濡れた土・岩は滑りやすい。雨が小雨なのが幸い。
9合目付近の急坂を過ぎ、頂上の地図が現われてもう一息

頂上も完全に霧の中だ。汗をかいた体には風が冷たい。メンバーの一人が持ってきてくれたあったかいコーヒーがほんとに旨い

通常3時間程度のコースを4時間かけてきた。一人が少し脱水気味だったが全員登頂!
よくない天候下の山もひとつの経験だった

志摩横山へ2009/08/26 23:09

志摩・英虞湾を上から見る展望台としての横山
賢島からも近いが意外と知られてないのか
昭和42年ごろ、大学のクラブ活動の対象として賢島を訪れ、英虞湾の展望台として横山・金毘羅山・登茂山を取り上げた
そのとき横山だけ登り損ねた。
横山は近鉄志摩線横山駅から西へ一直線
駅から徒歩30分強の横山ビジターセンターまでは車でも入れる。ビジターセンターの裏へ回るように遊歩道を上がって行くといくつかの展望台が設置されている。ビジターセンターから20分の展望台で引き返す。頂上はまだ1キロほど先
標高が200mにも満たないので大絶景とまではいかないが、目の前の賢島・合歓の里からスペイン村方面まで一望できる。太平洋もすぐそこだ。
英虞湾展望台のこの3山はそれぞれ景観の違いがあり一見の価値あり!

岐阜方面からならJR快速みえが便利でお得
鳥羽へは近鉄特急というのが常識のようになっているが、今、決してそうではない。

昭和42年当時、京都から草津線経由鳥羽行きの準急が走っていた
またその後、岐阜始発の鳥羽行き準急も設定されたがすぐ廃止された。岐阜始発の優等列車はそれ以外記憶がない

木曽駒キビオ峠2009/04/18 23:22

キビオ峠からの御岳
2009年4月18日(土)、JRのさわやかウォーキングに参加した。
「峠から御岳、乗鞍、穂高を望む」のキャッチフレーズに惹かれた。
休日ダイヤの西岐阜7時44分発名古屋行き快速に乗る。去年、この電車を知ったのだが今年のダイヤ改正でも変わってないようだ。名古屋行き快速は名古屋駅7番線に到着する。7番線は中央線用ホームで電車はそのまま中央線中津川行き快速になる。そのまま乗っていればいいわけだ。
名古屋までの間に車掌アナウンスでこのまま中津川行きになり今日はさわやかウォーキング開催で木曽福島まで延長される旨案内される。一方、なぜか中央線に入ってから車掌は中津川行きとしかアナウンスせず、最後中津川到着寸前の乗り継ぎ案内で次の普通松本行きを案内し、付け足しでこの電車は木曽福島まで臨時運転されることを案内した。
さわやかウォーキング用の臨時運転なので中津川ー木曽福島は停車しない。間違えて途中駅までの人が乗ってきて、無停車のアナウンスを聞き降りてゆく人が何人かあった。この間違いを防ぐため電車の中では強調しなかったのかもしれない。
乗った車両の座席が7割ほど埋まった快速電車は10時35分木曽福島着。駅前では地元産品の販売・試食や観光地紹介のテントが並ぶ。歩く前から地酒の試飲をしている人もいる。
福島宿の町並みからすぐ外れ、水無神社では赤ちゃんのお宮参りの姿を見、山に挟まれ田畑がだんだん狭められてゆく集落を過ぎてゆく。正面に雪の山が見え隠れするが、地元の老婆によると裏駒だという。駒の湯が近づきうしろを振返ると真っ白な御岳が大きく姿を現した。
ずっとアスファルトの道を歩いてきたが駒の湯の旅館のうらで右折する道に入りしばらく上がるとやっと山道に入った。山道への入り口に缶ビールが冷やされ300円の値がつけてあった。
木々が伐採されたところもあり比較的明るい山道が続く。高度が上がるにつれ御岳も上がってくる。天気がよくこのように雲もない御岳に会うのは何度もない。
木の伐採用のためか道路が造られつつある所があったが、やはり山が傷つけられるのを見ると残念でならない。山は木が生い茂り、岩が立ちふさがり、枯葉が積もり、昼なお暗い谷にはチョロチョロ水が流れ苔むした岩がある。山はそうであってほしい。
まもなく再び車道に出る。こんな山の中だ、車道といっても完全2車線ガードレール付でないのがまだ救いだ。
山中にしては想像以上に水量のある急坂の谷を横切る。かなりの勢いで水が流れ落ちていってる。
左に木々の向うに御岳を見ながら車道を少し行くとキビオ峠に着く。今日のための特設の売店と、木曽の山・花・蝶を説明するセミナーが催されている。乗務員の制服を着たJR東海の社員がいてセミナーのほうへ参加者を誘っている。多くの人がここで昼食をとっていた。
峠からは左手に御岳の、正面には乗鞍岳の、そして右手には小さく穂高の、雪をかぶった山容を見ることが出来る。さすがに穂高は遠く前穂と奥穂だろうかその先端をかろうじて見せてくれているのはうれしい。広い空の中、御岳は空の広さに圧倒されたのか思いのほか小さく見える。
反対側には木曽駒ケ岳への登山口がある。ここからの登山者は少なく登山道は少し荒れ気味とのこと、上松からのほうが整備されているらしいが、登山の主流は反対側の伊那谷のロープウエイに奪われているようだ。
下山は御岳を正面に見ながら下る木曽古道を行く。すぐ林の中に入り、枯葉の積もった柔らかい道をくだる。車道に出て集落があらわれるとJRがチャーターしたのか3~4台のバスが待っていた。満員になったバスが出てゆき次は15分後の出発。300円のバス代を払い乗り込むとすぐ満席になり15分を待たず出発。
約20分で木曽福島駅到着。駅前のテントは朝同様、人で込み合っている。
そして中津川駅直行の臨時快速に乗り込み帰路に着いた。

八ヶ岳・野辺山高原2008/12/14 13:15

やっと冬の青春18切符の時が来た
2008年12月13日(土)、快晴の西岐阜を8時11分出発。名古屋8時47分発中津川行きに乗換え、さらに中津川10時10分発松本行きに乗る。この切符で朝松本方面へ行くとき通常この便しかない。もう1本あるといいと思うが・・・
しかし今日は中津川行きも松本行きも乗客は多くない。
塩尻12時12分発甲府行きで小淵沢へ向かう。昼からは曇ってくるという予報だったがまだまだそうゆう気配はない。茅野を過ぎると八ヶ岳が左車窓に見えてくる。進むにつれ雪をかぶった鋭い山容が快晴の下、陽を浴びてキレイに見ることができる。
小淵沢に近づくとそれまで雲ひとつなかった八ヶ岳あたりにうす雲がかかり始めた。小淵沢で小海線に乗換えだ。13時11分の小諸行きは甲府行きと同様かなりの乗客を乗せて出てゆく。
運よくこの2両連結の小諸行きは鉄道車両では世界初のハイブリッド車両だった。小海線は非電化単線だが高原鉄道として人気がある。ここに新型列車を投入するのもうなずける。列車内のポスターによれば、発車時は搭載された蓄電池の電気でモーターを回し走り、加速時は蓄電池の電気に加えディーゼルエンジンで発電機を回して発電した電気も使って走る。ホームに停車時にはディーゼルのあの音は出ない。静か・低公害・エコが売りのようだ。
八ヶ岳山麓へ向け高度を上げていくと木々の間に八ヶ岳が見え隠れする。どうも雲にも遮られているようだ。天気が悪化して八ヶ岳が見えないようだったら清里で下車して20分後に来る小淵沢行きで戻ろうと考えていた。しかし雲に隠れてはいるが天気は上々なので期待を持って野辺山まで行くことにする。
JR線路標高最高地点の踏切を過ぎると左に雄大な八ヶ岳連峰が見える、はずだがはっきりしない。
JR駅標高最高の野辺山駅は昭和40年にはじめて訪れて以来何度も来たが驚くことにそれから43年も過ぎている。43年前に比べれば駅前も様変わりしているが、それでもローカル線高原駅の空気はまだ漂っている。
野辺山13時47分着でちょうどここで交換して出て行った小淵沢行きの次の小淵沢行きに、清里駅で乗る予定。野辺山ー清里間は5.9キロ、歩く道も大差ない思う。清里15時33分発まで約1時間半、間に合うだろう。
駅横の観光案内所で地図の載ったパンフをもらい歩き始める。列車を降りた人たちはどこへ行ったのか誰も歩く人はいない。5分もするとまわりは畑と木々と山、そして小海線のレールしかない。
この時期この地域でありながら日差しがあり風も強くないからか、それほど寒くない。ただ八ヶ岳を隠している雲の流れは速く、横から光が当たる雪の山の姿が徐々に現われてきている。でも最高峰赤岳の頂はなかなかはっきり見せてくれない。
最高地点の踏切を過ぎたあたりから遊歩道があった記憶だが見つからない。国道141号と合流し国道を歩くことにする。列車の時間を考えると直線の国道のほうが時間的に安全のような気がした。
まもなく木々にさえぎられて八ヶ岳は見えなくなる。逆に車をお供に歩くようになり複雑な気分だ。時々車が途切れて静かになるとチョロチョロと流れる水の音が印象的だった。
清里近くの道路の分岐点で、車に対する「清里駅」への案内と歩行者への案内の矛盾を感じながら車のほうの案内に進んで一時方向を失ったが、美しの森方面へ行く見覚えのある道に出て無事清里駅に到着。列車発車の10分前だった。
清里は一時東京からの店が進出してチャラチャラの街になっていたが今は静かな街に戻りつつあるらしい。43年前初めて訪れたときの印象から、ここはと何度も訪れたものとしてこの傾向を聞いてホッとしている。
次の1両の列車は今までのディーゼルカーだった。小淵沢への急勾配を快調に下っているそのとき、運転手は警笛を鳴らし続けた。前を見るとなんとレールの上に鹿がいる、鳥もいた。警笛に驚いた彼らは間一髪木々の中に逃れた。同じ最前列にいた乗客となぜか顔を見合わせてニヤリ!
定時に到着した小淵沢駅のホームからは夕日に赤く染まった八ヶ岳が望めた。