東北一人旅④ ― 2009/02/21 20:38
2009年2月16日(月)、この時期仙台からなら蔵王の樹氷だと、昨夜ホテルで蔵王のHPのプリントをもらっておいた。「山形側からロープウエイで上がることができ、天気がよかったらすばらしい景色が広がるが悪天だと吹雪で気温も下がるのでそれなりの装備が必要」
天気予報によれば今日は寒くなり雪が降るとのこと。
仙台7時7分発の仙山線山形行きに乗る。月曜日の朝なので通勤通学客がかなり乗っている。仙台から20数分高度を上げながら山間部に入ってゆくが、こんな所にもと思うような所にいくつもの新しい住宅地が造られている。このあたりから降り出した雪は降ったり止んだり、そしてだんだん多くなり、作並・山寺といった聞いたことのある駅名を過ぎ峠を越える。駅前の階段をスコップで除雪している人がいる駅も。この仙山線は交流電化の実験が行われた線で電化はかなり古い。東北地方で電化されているJR線は仙石線を除いて交流だ。交流も直流もそれぞれ短所長所があるようだが新幹線は交流を採用している。在来線には交直両用電車が走っており、切換えの無電区間では車内照明が消えて走るのを北陸線で経験したことがある。
蔵王に上がる事を決めかねていたが電車から見る蔵王方面は雲に隠れている。電車の車掌に聞いてみた。「はっきりはわからないがこの天気だと吹雪いているのじゃないかな」で蔵王はあきらめた。
羽前千歳で奥羽線と合流する。奥羽線の新庄ー福島は山形新幹線として東京から新幹線電車が直通で来ている。ということはここから山形までは二種類のレール幅の電車が走る。昨日通った秋田新幹線の秋田ー大曲は3本のレールで2種類の電車を走らせていたが、ここでは2種類のレールを別々に敷いて走らせていた。一見複線に見えるが単線を2本並べた形だ。だから複線を逆走しているように見える場面もある。羽前千歳を出た電車は新幹線用のレールを横切る。サイズの違うレールがX字に交差する珍しいところである。
山形まで行きすぐ出る新庄行きの普通列車に乗りかえる。山形ー新庄の新幹線は1時間半から2時間に1本しか走ってない。先ほどの羽前千歳で今度は在来線のレールを横切り、各駅に停車しながら北上する。
新庄は山形新幹線の終着駅。ホームの中央に2本のホームを結ぶ渡り廊下のようなところがあり、それを挟んで新幹線のレールと在来線のレールが相対している。それの外側のホームに陸羽東線のディーゼルカーが待っていた。
10時発の小牛田行きは座席の半分弱を埋めて出発。出発するとすぐ、ここでまた待避線へ渡る新幹線レールを横切る。しばらく山形新幹線と平行して走り次第に東に向きを変える。再び東北の背骨の中に入っていくが、降雪も積雪も増えてきた。スピードが上がると豪快に雪を巻き上げる。これが見たかった!!
ところが、列車の後ろの窓から見ると、巻き上げた雪がすごい、過ぎゆくレールも見えないくらい。横の窓も後ろほどではないが景色をさえぎっている。これでは写真も撮れない。豪雪というほどではないが地形によって雪の量が違う。仙山線よりも人けがある峠越えのような気がする。
トンネルを抜けると雪の量が一気に少なくなった。すぐの鳴子温泉では雪のないところのほうが多いような景色だ。この落差、裏と表の違いだな。有名な温泉らしく多くのお客さんが乗り込んできて列車は山を降りる。
平野の真ん中へ降りてきて東北新幹線との接続駅古川、そして東北線と接続する小牛田に12時4分到着。駅前の定食屋さんでカツ丼を食べる。以外やお客さんは旅人や営業マンが多い。駅前だから当然なのか。
小牛田から女川行きで石巻へ、石巻から仙石線で仙台へと乗り継ぐ。遠回りになるが仙石線の途中で日本三景の一つである松島の海岸沿いを通るから。
13時12分小牛田を出た古いタイプのディーゼルはわずかなお客を乗せ田園地帯を行く。低い山が近づき石巻の町に入ってきた。海に近づくと山が現われるとは三陸のリアス式海岸が近いからか。
石巻では4分の待合せ、東京の通勤型電車が待っていた。仙台の近郊通勤路線になっているのだろうが、ここでこの電車と出会うとは。通勤型電車はどうしても旅心をそいでしまう。
松島海岸駅の手前でつい居眠りしてしまった。このあと、見え隠れする海を見ながら行くが、眠っていたときの景色はもう戻らない。残念ながら松島の印象は何もない。
塩釜からは完全に仙台の都市圏。電車のシートはロングシートで乗客も増えてくるし、仙台まであと10分足らずのところで地下にもぐる。なんだか東北へきているのを忘れそう。
仙台駅ビルでお土産を仕入れ、駅前の歩行者デッキに出ると雪が激しく降っている。これはやはり東北の景色か!
仙台16時26分の東北新幹線、東京で18時20分ののぞみに乗り継ぐと岐阜には20時34分に到着予定。約4時間で帰ることができてしまう。さすがに新幹線は速い、今回は仙台ー盛岡を2往復使ったが青森方面へは大変便利。将来札幌まで開通すれば北海道旅行も新幹線を利用したいと思う。
ただこの3日間やはり印象に残ったのはローカル線であり、時間はかかるが景色もゆっくり流れ気持ちにも大いにゆとりが生まれる。できることなら運転本数をもう少し増やして頂ければ途中下車する余裕が出てくるのだが。
旅人のためよりもむしろ地元の人の移動の足のためにもっと頻発されるべきだ。低炭素社会への転換が求められている今、車からの乗換えを促す大きな一歩になる。
そんな今、なんで高速道路どこまでも1000円なんて政策を打つのだ。私の税金をそんなものに使ってほしくない、それよりJRの青春18切符を年間通して使えるように使ってほしい。道路族議員は道路財源を道路以外に使わせないというが、高速道路を使えない納税者もたくさんいるはずだ。
東京での乗換えに12分しか取らなかったので少々心配だったが、すでに仙台で5分ほど送れの新幹線は、東京までに3分取り戻し岐阜へは予定通り帰ってくることができた。
天気予報によれば今日は寒くなり雪が降るとのこと。
仙台7時7分発の仙山線山形行きに乗る。月曜日の朝なので通勤通学客がかなり乗っている。仙台から20数分高度を上げながら山間部に入ってゆくが、こんな所にもと思うような所にいくつもの新しい住宅地が造られている。このあたりから降り出した雪は降ったり止んだり、そしてだんだん多くなり、作並・山寺といった聞いたことのある駅名を過ぎ峠を越える。駅前の階段をスコップで除雪している人がいる駅も。この仙山線は交流電化の実験が行われた線で電化はかなり古い。東北地方で電化されているJR線は仙石線を除いて交流だ。交流も直流もそれぞれ短所長所があるようだが新幹線は交流を採用している。在来線には交直両用電車が走っており、切換えの無電区間では車内照明が消えて走るのを北陸線で経験したことがある。
蔵王に上がる事を決めかねていたが電車から見る蔵王方面は雲に隠れている。電車の車掌に聞いてみた。「はっきりはわからないがこの天気だと吹雪いているのじゃないかな」で蔵王はあきらめた。
羽前千歳で奥羽線と合流する。奥羽線の新庄ー福島は山形新幹線として東京から新幹線電車が直通で来ている。ということはここから山形までは二種類のレール幅の電車が走る。昨日通った秋田新幹線の秋田ー大曲は3本のレールで2種類の電車を走らせていたが、ここでは2種類のレールを別々に敷いて走らせていた。一見複線に見えるが単線を2本並べた形だ。だから複線を逆走しているように見える場面もある。羽前千歳を出た電車は新幹線用のレールを横切る。サイズの違うレールがX字に交差する珍しいところである。
山形まで行きすぐ出る新庄行きの普通列車に乗りかえる。山形ー新庄の新幹線は1時間半から2時間に1本しか走ってない。先ほどの羽前千歳で今度は在来線のレールを横切り、各駅に停車しながら北上する。
新庄は山形新幹線の終着駅。ホームの中央に2本のホームを結ぶ渡り廊下のようなところがあり、それを挟んで新幹線のレールと在来線のレールが相対している。それの外側のホームに陸羽東線のディーゼルカーが待っていた。
10時発の小牛田行きは座席の半分弱を埋めて出発。出発するとすぐ、ここでまた待避線へ渡る新幹線レールを横切る。しばらく山形新幹線と平行して走り次第に東に向きを変える。再び東北の背骨の中に入っていくが、降雪も積雪も増えてきた。スピードが上がると豪快に雪を巻き上げる。これが見たかった!!
ところが、列車の後ろの窓から見ると、巻き上げた雪がすごい、過ぎゆくレールも見えないくらい。横の窓も後ろほどではないが景色をさえぎっている。これでは写真も撮れない。豪雪というほどではないが地形によって雪の量が違う。仙山線よりも人けがある峠越えのような気がする。
トンネルを抜けると雪の量が一気に少なくなった。すぐの鳴子温泉では雪のないところのほうが多いような景色だ。この落差、裏と表の違いだな。有名な温泉らしく多くのお客さんが乗り込んできて列車は山を降りる。
平野の真ん中へ降りてきて東北新幹線との接続駅古川、そして東北線と接続する小牛田に12時4分到着。駅前の定食屋さんでカツ丼を食べる。以外やお客さんは旅人や営業マンが多い。駅前だから当然なのか。
小牛田から女川行きで石巻へ、石巻から仙石線で仙台へと乗り継ぐ。遠回りになるが仙石線の途中で日本三景の一つである松島の海岸沿いを通るから。
13時12分小牛田を出た古いタイプのディーゼルはわずかなお客を乗せ田園地帯を行く。低い山が近づき石巻の町に入ってきた。海に近づくと山が現われるとは三陸のリアス式海岸が近いからか。
石巻では4分の待合せ、東京の通勤型電車が待っていた。仙台の近郊通勤路線になっているのだろうが、ここでこの電車と出会うとは。通勤型電車はどうしても旅心をそいでしまう。
松島海岸駅の手前でつい居眠りしてしまった。このあと、見え隠れする海を見ながら行くが、眠っていたときの景色はもう戻らない。残念ながら松島の印象は何もない。
塩釜からは完全に仙台の都市圏。電車のシートはロングシートで乗客も増えてくるし、仙台まであと10分足らずのところで地下にもぐる。なんだか東北へきているのを忘れそう。
仙台駅ビルでお土産を仕入れ、駅前の歩行者デッキに出ると雪が激しく降っている。これはやはり東北の景色か!
仙台16時26分の東北新幹線、東京で18時20分ののぞみに乗り継ぐと岐阜には20時34分に到着予定。約4時間で帰ることができてしまう。さすがに新幹線は速い、今回は仙台ー盛岡を2往復使ったが青森方面へは大変便利。将来札幌まで開通すれば北海道旅行も新幹線を利用したいと思う。
ただこの3日間やはり印象に残ったのはローカル線であり、時間はかかるが景色もゆっくり流れ気持ちにも大いにゆとりが生まれる。できることなら運転本数をもう少し増やして頂ければ途中下車する余裕が出てくるのだが。
旅人のためよりもむしろ地元の人の移動の足のためにもっと頻発されるべきだ。低炭素社会への転換が求められている今、車からの乗換えを促す大きな一歩になる。
そんな今、なんで高速道路どこまでも1000円なんて政策を打つのだ。私の税金をそんなものに使ってほしくない、それよりJRの青春18切符を年間通して使えるように使ってほしい。道路族議員は道路財源を道路以外に使わせないというが、高速道路を使えない納税者もたくさんいるはずだ。
東京での乗換えに12分しか取らなかったので少々心配だったが、すでに仙台で5分ほど送れの新幹線は、東京までに3分取り戻し岐阜へは予定通り帰ってくることができた。
東北一人旅③ ― 2009/02/20 22:45
好摩を出て西へ方向を取り山を目指すがなかなか山深くならない。どこにでもある道路があり町があり今風の家が建っている。地元の人には申し訳ないが、ひなびた山奥を想像し期待もしてきたが、まったくそんなところがない。
日本の社会が画一化してきているのはいろいろなところで感じてきたが、やはりここでもかと思った。画一化に疑問を呈すのは都会人のエゴだといわれそうで、それに反論するだけの知識もないが、やはり本当にこれからの日本の社会が向かう方向としてこれでいいのかと思う・・・
松尾八幡平駅で対向列車とすれ違うと、ぐんぐん高度を上げながら山に入ってっていった。右へ左へカーブを繰り返しながら、雪に覆われレールしか見えない線路を進む。先ほどの駅から乗り込んできた保線員が時折身を乗り出してレールを見ている。素人目にはこの程度の積雪ならば問題ないように思うが、専門家の目はもっと違うところを見ているのだろう。
峠越えあたりはやはりかなりの雪であった。でも列車は車に比べて雪に強い、何事もないように走り抜けていく。
ちょっと目を引いた景色があった。幅が100mぐらいの浅い谷で雪に覆われた谷底は平に見える。列車は岸にあたる山すそを通って谷底を見下ろすが、かなりの長い距離その谷底には家も道路もない。小さい川があるのだろうが雪に隠れて見えない。アルプスやカナダの写真で見る氷河を連想してしまった。これだけの空間に生活臭を感じられないのは、今までの自分の頭のなかにあったかな?一方で峠の前後で大きな人工物体高速道路の橋脚が花輪線にまとわりついていた。ここまでか!!
花輪線の中心駅だろうか「花輪」がつく鹿角花輪駅まで来ると積雪量も徐々に減ってきて、さらに雪は減って、なぜか行き止まりになった十和田南駅着く。この先十和田湖方面へでも延長の計画があったのが成らずこういった形で残ったのだろうか。運転手が反対側の運転席に座り今までと逆方向に動き出した。十和田南という駅名はとってつけたような重みのない名だ。駅名を改名するところがあるが、もっとその土地の由緒ある名をとってつけてほしいと思う。
小雪が降り出した中、12時42分大館着。ここから奥羽線13時8分の青森行きに乗る。本降りになった雪のなかを電車は突っ走る。山の中の駅のホームは電車の長さだけは除雪してあるがそれ以外の所は雪が地層のように積み重なり1mぐらいの高さになっている。
当初このまま青森・野辺地と乗り継ぎ下北半島を北上する大湊線で大湊へ行くつもりであった。これは一日列車に乗りっぱなしという自分のスタイルではあるが、なぜか気が変わった。
弘前で下車。昨日の藤沢から来たおじさんが弘前城があると言っていたのを思い出した。
弘前駅から降りるエスカレーターの前に「毎月5日はりんごを食べる日」の横断幕が。さすがにりんごの町。
観光案内所で弘前城をたずねると「土手町循環バス」が便利とのこと。津軽地方の中心らしくビルの建ち並ぶ駅前でバスを待つ。市内中心部を循環する100円バス、10分毎に走っており意外と乗客は多い。公共交通がお値打ちに頻発すれば乗客が増えるというのを目の当たりに見た感じだ。
弘前城は広い弘前公園になっており雪景色。お堀の水も凍っているように見える。しかし散策者はわずか。小ぶりの天守閣を左に見ながら10分後のバスに乗るべくバス停に急ぐ。公園東口前で信号待ちしているバスが見えたが残念ながら間に合わない。20分後の特急に乗りたいが、10分後のバスに乗らずとも駅まで歩いても間に合うだろう。1k強ぐらいと思っていたが2k弱あって駅に着いたら特急は出たあと。
運良く普通列車がありそれで青森駅へ出る。青森駅手前の新青森駅で直角に交差する新幹線駅の工事が進んでいた。2011年にはここまで新幹線がつながるらしい。そうなると八戸ー青森もそれ以南と同様第3セクター鉄道になってしまうのだろうか
青森から特急、八戸から新幹線を乗り継ぎ仙台へ戻る。
日曜日の夜ということか駅前の商店街は結構な人出だ。商店街から少し外れたところの居酒屋に入る。表のポスターメニューからの想像とは違って閉鎖的な店だった。大小仕切りがあり2人用のテーブルに着くが寂しい雰囲気。近くで若い客の騒ぐ声が聞こえるが関せず静かに飲みなさいと言われているようだ。せっかくだと地酒を注文するが2度品切れで3品目で出てきた。お詫びにといって木桝の中にグラスをいれ、グラスと桝と両方が溢れるほど満たしてくれた。
日本の社会が画一化してきているのはいろいろなところで感じてきたが、やはりここでもかと思った。画一化に疑問を呈すのは都会人のエゴだといわれそうで、それに反論するだけの知識もないが、やはり本当にこれからの日本の社会が向かう方向としてこれでいいのかと思う・・・
松尾八幡平駅で対向列車とすれ違うと、ぐんぐん高度を上げながら山に入ってっていった。右へ左へカーブを繰り返しながら、雪に覆われレールしか見えない線路を進む。先ほどの駅から乗り込んできた保線員が時折身を乗り出してレールを見ている。素人目にはこの程度の積雪ならば問題ないように思うが、専門家の目はもっと違うところを見ているのだろう。
峠越えあたりはやはりかなりの雪であった。でも列車は車に比べて雪に強い、何事もないように走り抜けていく。
ちょっと目を引いた景色があった。幅が100mぐらいの浅い谷で雪に覆われた谷底は平に見える。列車は岸にあたる山すそを通って谷底を見下ろすが、かなりの長い距離その谷底には家も道路もない。小さい川があるのだろうが雪に隠れて見えない。アルプスやカナダの写真で見る氷河を連想してしまった。これだけの空間に生活臭を感じられないのは、今までの自分の頭のなかにあったかな?一方で峠の前後で大きな人工物体高速道路の橋脚が花輪線にまとわりついていた。ここまでか!!
花輪線の中心駅だろうか「花輪」がつく鹿角花輪駅まで来ると積雪量も徐々に減ってきて、さらに雪は減って、なぜか行き止まりになった十和田南駅着く。この先十和田湖方面へでも延長の計画があったのが成らずこういった形で残ったのだろうか。運転手が反対側の運転席に座り今までと逆方向に動き出した。十和田南という駅名はとってつけたような重みのない名だ。駅名を改名するところがあるが、もっとその土地の由緒ある名をとってつけてほしいと思う。
小雪が降り出した中、12時42分大館着。ここから奥羽線13時8分の青森行きに乗る。本降りになった雪のなかを電車は突っ走る。山の中の駅のホームは電車の長さだけは除雪してあるがそれ以外の所は雪が地層のように積み重なり1mぐらいの高さになっている。
当初このまま青森・野辺地と乗り継ぎ下北半島を北上する大湊線で大湊へ行くつもりであった。これは一日列車に乗りっぱなしという自分のスタイルではあるが、なぜか気が変わった。
弘前で下車。昨日の藤沢から来たおじさんが弘前城があると言っていたのを思い出した。
弘前駅から降りるエスカレーターの前に「毎月5日はりんごを食べる日」の横断幕が。さすがにりんごの町。
観光案内所で弘前城をたずねると「土手町循環バス」が便利とのこと。津軽地方の中心らしくビルの建ち並ぶ駅前でバスを待つ。市内中心部を循環する100円バス、10分毎に走っており意外と乗客は多い。公共交通がお値打ちに頻発すれば乗客が増えるというのを目の当たりに見た感じだ。
弘前城は広い弘前公園になっており雪景色。お堀の水も凍っているように見える。しかし散策者はわずか。小ぶりの天守閣を左に見ながら10分後のバスに乗るべくバス停に急ぐ。公園東口前で信号待ちしているバスが見えたが残念ながら間に合わない。20分後の特急に乗りたいが、10分後のバスに乗らずとも駅まで歩いても間に合うだろう。1k強ぐらいと思っていたが2k弱あって駅に着いたら特急は出たあと。
運良く普通列車がありそれで青森駅へ出る。青森駅手前の新青森駅で直角に交差する新幹線駅の工事が進んでいた。2011年にはここまで新幹線がつながるらしい。そうなると八戸ー青森もそれ以南と同様第3セクター鉄道になってしまうのだろうか
青森から特急、八戸から新幹線を乗り継ぎ仙台へ戻る。
日曜日の夜ということか駅前の商店街は結構な人出だ。商店街から少し外れたところの居酒屋に入る。表のポスターメニューからの想像とは違って閉鎖的な店だった。大小仕切りがあり2人用のテーブルに着くが寂しい雰囲気。近くで若い客の騒ぐ声が聞こえるが関せず静かに飲みなさいと言われているようだ。せっかくだと地酒を注文するが2度品切れで3品目で出てきた。お詫びにといって木桝の中にグラスをいれ、グラスと桝と両方が溢れるほど満たしてくれた。
東北一人旅② ― 2009/02/19 19:52
2月14日、大幅に遅れて青森に着いたため、もはや13時51分の快速「リゾートしらかみ4号」に乗るしかない。当初この列車には五能線の途中駅の深浦から乗る予定で深浦ー秋田の指定を取ってある。
今日のメインディシュがこの五能線で、荒れる日本海の海岸線を吹雪に吹かれていくのを頭に描いてきた。そしてこの快速の1本前の普通列車に乗ることによって、弘前と深浦でそれぞれ1時間ほどの時間が確保でき、駅周辺を散策できるし、普通列車に乗れば地元の人の方言が聞けるのではないかと期待してきた。
列車の遅れでその期待はつぶれたが、もうひとつ問題がある。快速リゾートしらかみ号は超人気列車で全車指定なのである。青森駅のみどりの窓口にいくが、五能線に入る前の川部までなら指定が取れるがその先は満席で取れないという。原則は乗車できないが川部ー深浦の約2時間は立つということで乗ってくださいとなった。
青森駅のホームの待合室で駅弁を食べているとオレンジと黄のバデな列車が入ってきた。リゾート列車としての雰囲気を漂わせて、ほとんど満席の列車はまず奥羽線を弘前まで行き、そして来た線を五能線の分岐駅川部までもどる。ここでもう一度進行方向を逆にして五所川原へと向かう。このあたりは青森りんごの中心地、線路の両側に枝だけになったりんごの木があちらこちらに広がっている。青森県の西部に入ってきて空は曇ってきた。時折雨のようなものが降ってくる、雪ではないようだ。周りも積雪はわずかにあるだけ。一駅だけ乗ってきた地元の人に聞くとやはり今年は雪が少ない、だから屋根の雪下ろしが楽で助かっているとのこと。残念ながらほとんど標準語であった。
五所川原からは冬のストーブ列車で有名な津軽鉄道が出ている。次回はストーブ列車にも乗ってみたい。
突然列車の最前列からマイクの声がして津軽三味線の演奏が始まった。まだ十代かと思う若い3人が軽快に奏でる。さすがに観光列車だ。後の車両からもカメラを持って乗客が集まってくる。
右側に海が見えた。日本海だ、でもこの天気で海も山もかすんでいる。地図を見るとこのあたりから海岸沿いを走っているがもちろんずっと海岸線際を走るわけではなかった。
ところで、青森から隣の席に座った60代後半ぐらいの男性と話が続いた。神奈川県藤沢からで、今日同じようなルートで来て五能線もよく似た乗り方を計画されていた。川部からはお互い席がないはずだったが空き席があり、結局最後まで立つ必要はなかった。この男性は定年後いろいろ旅行をされており、この切符で前回は函館まで行かれたようだ。沖縄・札幌・カナダなどの話や仕事での全国各地勤務の話など聞かせてもらった。
停車しない駅になぜか停車すると「この先の海岸で、打ち寄せる波が強いのでしばらく停車します」。2~3分停車して出発。まもなく海岸際を走るようになり突然「バッシャン」と波が列車をたたく音。残念ながらその瞬間を見損ねたが、『やはりあるんだ』と感心するとともに『恐ろしいことだ』とも思った。その後列車まで来る波はなかったが、日本海の大きな波が岩に砕けている。
最初の予定どうり深浦で途中下車できておればこの荒波に直に触れることができたのに・・・
先ほどの男性は今日の宿泊地のあるウェスパ椿山で下車、お礼を言って別れる。再び無言の一人旅か・・・
青森から5時間、秋田に1~2分遅れて到着。8分の乗換え時間で秋田新幹線に乗る予定だったので少し心配だったが19時6分無事出発。
出発すると後ろ向きに走り出した。『えっ』と思ったら次の大曲で方向転換した。雪の中のレールを見ていて思い出したが、秋田ー大曲は奥羽線の一部で秋田から新庄への在来線の列車も走るため、在来線のレール幅の狭軌と新幹線用の標準軌とを併用するため3本のレールが引かれている。珍しい区間だ。
大曲からは田沢湖線になるが、こちらは標準軌に改軌してしまって普通列車も車輪の幅を新幹線と同じにしている。秋田新幹線というが、ここは単線で踏切もあり、ローカル線に新幹線用の車両が乗り入れてきているという感じ。秋田ー盛岡127.3Kを93分で走るが、JR岐阜ー名古屋30.3Kを18分で走る新快速のほうが断然速い。もちろんこの岐阜ー名古屋は在来線ではトップ級だが・・・
盛岡からは東北新幹線に連結されさすがに速い。仙台には21時25分着、秋田新幹線の中で駅弁を食べておいたので駅前のホテルへ直行。昨夜は夜行だったので今日は外へ出ず早目に寝ることにした。
2月15日(日)、今日は豪雪地帯を走る花輪線乗る。仙台からは、昨日東京から乗ってきて仙台で降りたやまびこ41号に乗る。盛岡まで各駅に止まってゆく。古川・くりこま高原・一ノ関と行くが大地震で被害を受けた地域であり山が多いところかと思ってきたが、特に新幹線より東側には広大な田園地帯が広がっていた。
9時15分盛岡着、ここで花輪線大館行き9時46分発に乗る。ところが乗り場がわかりにくい。東北新幹線が八戸まで開通したとき、盛岡から先の東北線はいわて銀河鉄道という第3セクターに変わった。花輪線の始発駅好摩はこの鉄道の途中にある。JRの線路はこの間途切れているわけだ。
しかし花輪線に好摩始発はない、すべて盛岡始発。だから大館行きもいわて銀河鉄道のホームから出る。そのホームは盛岡駅の北の端の新幹線のガード下のようなところにあった。定時に出発、北上するにつれ雪が増えてくる。
40年前の学生時代友達が花輪線に乗ってきて、SLが急坂を登ってゆく情景を語っていたのが今だに耳に残っている。10年ほど前、日本海側を寝台列車で来て雪の花輪線に乗る予定にしていたが、雪と強風で寝台列車が遅れ乗れなかったことがある。30数年前には新婚旅行で八幡平をレンタカードライブしたことがある。
なぜかひっかかりがあった花輪線に今乗り、八幡平のふもとを目指している。
今日のメインディシュがこの五能線で、荒れる日本海の海岸線を吹雪に吹かれていくのを頭に描いてきた。そしてこの快速の1本前の普通列車に乗ることによって、弘前と深浦でそれぞれ1時間ほどの時間が確保でき、駅周辺を散策できるし、普通列車に乗れば地元の人の方言が聞けるのではないかと期待してきた。
列車の遅れでその期待はつぶれたが、もうひとつ問題がある。快速リゾートしらかみ号は超人気列車で全車指定なのである。青森駅のみどりの窓口にいくが、五能線に入る前の川部までなら指定が取れるがその先は満席で取れないという。原則は乗車できないが川部ー深浦の約2時間は立つということで乗ってくださいとなった。
青森駅のホームの待合室で駅弁を食べているとオレンジと黄のバデな列車が入ってきた。リゾート列車としての雰囲気を漂わせて、ほとんど満席の列車はまず奥羽線を弘前まで行き、そして来た線を五能線の分岐駅川部までもどる。ここでもう一度進行方向を逆にして五所川原へと向かう。このあたりは青森りんごの中心地、線路の両側に枝だけになったりんごの木があちらこちらに広がっている。青森県の西部に入ってきて空は曇ってきた。時折雨のようなものが降ってくる、雪ではないようだ。周りも積雪はわずかにあるだけ。一駅だけ乗ってきた地元の人に聞くとやはり今年は雪が少ない、だから屋根の雪下ろしが楽で助かっているとのこと。残念ながらほとんど標準語であった。
五所川原からは冬のストーブ列車で有名な津軽鉄道が出ている。次回はストーブ列車にも乗ってみたい。
突然列車の最前列からマイクの声がして津軽三味線の演奏が始まった。まだ十代かと思う若い3人が軽快に奏でる。さすがに観光列車だ。後の車両からもカメラを持って乗客が集まってくる。
右側に海が見えた。日本海だ、でもこの天気で海も山もかすんでいる。地図を見るとこのあたりから海岸沿いを走っているがもちろんずっと海岸線際を走るわけではなかった。
ところで、青森から隣の席に座った60代後半ぐらいの男性と話が続いた。神奈川県藤沢からで、今日同じようなルートで来て五能線もよく似た乗り方を計画されていた。川部からはお互い席がないはずだったが空き席があり、結局最後まで立つ必要はなかった。この男性は定年後いろいろ旅行をされており、この切符で前回は函館まで行かれたようだ。沖縄・札幌・カナダなどの話や仕事での全国各地勤務の話など聞かせてもらった。
停車しない駅になぜか停車すると「この先の海岸で、打ち寄せる波が強いのでしばらく停車します」。2~3分停車して出発。まもなく海岸際を走るようになり突然「バッシャン」と波が列車をたたく音。残念ながらその瞬間を見損ねたが、『やはりあるんだ』と感心するとともに『恐ろしいことだ』とも思った。その後列車まで来る波はなかったが、日本海の大きな波が岩に砕けている。
最初の予定どうり深浦で途中下車できておればこの荒波に直に触れることができたのに・・・
先ほどの男性は今日の宿泊地のあるウェスパ椿山で下車、お礼を言って別れる。再び無言の一人旅か・・・
青森から5時間、秋田に1~2分遅れて到着。8分の乗換え時間で秋田新幹線に乗る予定だったので少し心配だったが19時6分無事出発。
出発すると後ろ向きに走り出した。『えっ』と思ったら次の大曲で方向転換した。雪の中のレールを見ていて思い出したが、秋田ー大曲は奥羽線の一部で秋田から新庄への在来線の列車も走るため、在来線のレール幅の狭軌と新幹線用の標準軌とを併用するため3本のレールが引かれている。珍しい区間だ。
大曲からは田沢湖線になるが、こちらは標準軌に改軌してしまって普通列車も車輪の幅を新幹線と同じにしている。秋田新幹線というが、ここは単線で踏切もあり、ローカル線に新幹線用の車両が乗り入れてきているという感じ。秋田ー盛岡127.3Kを93分で走るが、JR岐阜ー名古屋30.3Kを18分で走る新快速のほうが断然速い。もちろんこの岐阜ー名古屋は在来線ではトップ級だが・・・
盛岡からは東北新幹線に連結されさすがに速い。仙台には21時25分着、秋田新幹線の中で駅弁を食べておいたので駅前のホテルへ直行。昨夜は夜行だったので今日は外へ出ず早目に寝ることにした。
2月15日(日)、今日は豪雪地帯を走る花輪線乗る。仙台からは、昨日東京から乗ってきて仙台で降りたやまびこ41号に乗る。盛岡まで各駅に止まってゆく。古川・くりこま高原・一ノ関と行くが大地震で被害を受けた地域であり山が多いところかと思ってきたが、特に新幹線より東側には広大な田園地帯が広がっていた。
9時15分盛岡着、ここで花輪線大館行き9時46分発に乗る。ところが乗り場がわかりにくい。東北新幹線が八戸まで開通したとき、盛岡から先の東北線はいわて銀河鉄道という第3セクターに変わった。花輪線の始発駅好摩はこの鉄道の途中にある。JRの線路はこの間途切れているわけだ。
しかし花輪線に好摩始発はない、すべて盛岡始発。だから大館行きもいわて銀河鉄道のホームから出る。そのホームは盛岡駅の北の端の新幹線のガード下のようなところにあった。定時に出発、北上するにつれ雪が増えてくる。
40年前の学生時代友達が花輪線に乗ってきて、SLが急坂を登ってゆく情景を語っていたのが今だに耳に残っている。10年ほど前、日本海側を寝台列車で来て雪の花輪線に乗る予定にしていたが、雪と強風で寝台列車が遅れ乗れなかったことがある。30数年前には新婚旅行で八幡平をレンタカードライブしたことがある。
なぜかひっかかりがあった花輪線に今乗り、八幡平のふもとを目指している。
東北一人旅① ― 2009/02/18 17:40
暖冬といわれるこの冬、岐阜市では積雪はあったものの結局我が家の車のタイヤはノーマルのままで過ごすことになりそうだが、東北のローカル線ならば豪雪地帯を見ることができるだろう。
1年ほど前、以前から検討していたJR東日本の「大人の休日倶楽部」へ入会した。入会条件の50歳以上はクリアできるが、利用は当然ながら東日本方面に限られ、クレジットカードに入会し年会費も必要なためそれまで躊躇していた。だが一番の目玉商品に「大人の休日倶楽部会員パス」というのがあって、『東日本地域に北陸の一部と函館を加えた範囲が3日間12000円で乗り放題』の魅力につられて入会した。
それを今回やっと利用することになった。
2009年2月14日から16日の3日間の切符を買っておいた。どこから東日本管内へ入ろうか色々考えたが今回は夜行のムーンライトながらで熱海から入ることにした。
13日(金)21時半過ぎ、西岐阜から岐阜駅へ入り、駅のバカ安居酒屋で睡眠薬として泡の出る液体を飲み、23時29分ムーンライトながらで東京へ出発。以前は指定席が取れないときもあったが今日は半分ほど。睡眠液のかいあって岡崎あたりで本も読めなくなった。
このムーンライトながらもあと1ヶ月の運行でその後は臨時列車に格下げされる。古くは東京ー大阪の夜行普通列車・大垣までの大垣夜行・そして全車指定のムーンライトながらへと歴史を刻んできた列車がまた消えてゆく。
14日5時過ぎ、少し遅れて東京着。今日は一気に東北を縦断、青森・秋田へと向かう。東北新幹線八戸まで直行する全車指定のはやて1号に乗るべく指定を申込むが3人掛けの真ん中しかない。ならばとその前に出発する自由席がある盛岡行きに乗り、仙台で追いついてくるはやて1号に乗換えることにした。これで八戸まで空いた車両で気楽に乗っていけた。
東京駅で東海道新幹線のホームと東北新幹線のホームは隣り合って並んでいるがレールはつながってない。車両の電気系が違い相手の線を走ることができない。将来札幌から鹿児島まで新幹線で結ばれる計画だが、その真ん中である東京でレールが途切れていてはその価値が半減してしまう。JR東海も東日本も対立するのではなく、国民の大切な財産としてその価値を大きく生かせるようにしていってほしい。
6時4分東京を出たやまびこ41号は大宮からぐんぐんスピードをあげ関東平野を北上する。LRT導入構想のある栃木県の県都宇都宮を過ぎると山間部に入りトンネルが増える。空は雲に覆われているが遠くは明るい。そんな中を郡山・福島と停車し8時仙台着。
8時38分の八戸行きはやて1号までわずかな時間だが仙台駅前へ出てみた。岐阜駅前と同じように2階部分で駅前のビルがデッキで結ばれている。さすがに東北一の政令都市、ホテルや商業ビルが立ち並ぶ。行きかう人も多い。岐阜などとても太刀打ちできない。
今晩の宿であるサンルートホテルが駅前にあるはずだが見つけることはできなかった。
八戸行きは盛岡までノンストップ、その後八戸まで各駅に停車。空席が目立つ車内へ、北上するにつれ雲が切れた空から日が差して込んでいる。しかし雪が少ない、ここまで来ても日の当たらない陰にしか残ってない。さすがに盛岡を過ぎると雪が増えてきたが八戸へ降りてくるとまたない。
10時3分八戸には定時に着くが接続の函館行き特急が遅れているとの案内。強風のため函館からの特急の到着が1時間ほど遅れているとのこと。八戸駅の新幹線と東北線の乗換え口は人で溢れ自動改札口は開きっぱなし。駅員に問い合わせている人も多い。列車の遅れのアナウンスが何度もされる。ホームに下りると自由席の列車待ちの列がすでに長い列が。しまった!早く降りてこればよかった。
待避線に特急用の車両が止まっている。それを使えばいいのにと思うが運用の予定を変えるわけにはいかないのだろう。
1時間弱遅れて出発。あきらめていたが運良く座ることができた。通路からデッキにも人が立っている。三沢・野辺地を過ぎると陸奥湾が見え隠れする。浅虫温泉の手前で強風のためスピードががくんと落ちた。車内では感じられないが外の木の枝は大きく揺れていた。結局、青森へは11時13分着の予定が12時55分着。11時16分に乗る綱渡り乗換えだったがもちろん後の祭り。
初日から予定がくるってきた!
1年ほど前、以前から検討していたJR東日本の「大人の休日倶楽部」へ入会した。入会条件の50歳以上はクリアできるが、利用は当然ながら東日本方面に限られ、クレジットカードに入会し年会費も必要なためそれまで躊躇していた。だが一番の目玉商品に「大人の休日倶楽部会員パス」というのがあって、『東日本地域に北陸の一部と函館を加えた範囲が3日間12000円で乗り放題』の魅力につられて入会した。
それを今回やっと利用することになった。
2009年2月14日から16日の3日間の切符を買っておいた。どこから東日本管内へ入ろうか色々考えたが今回は夜行のムーンライトながらで熱海から入ることにした。
13日(金)21時半過ぎ、西岐阜から岐阜駅へ入り、駅のバカ安居酒屋で睡眠薬として泡の出る液体を飲み、23時29分ムーンライトながらで東京へ出発。以前は指定席が取れないときもあったが今日は半分ほど。睡眠液のかいあって岡崎あたりで本も読めなくなった。
このムーンライトながらもあと1ヶ月の運行でその後は臨時列車に格下げされる。古くは東京ー大阪の夜行普通列車・大垣までの大垣夜行・そして全車指定のムーンライトながらへと歴史を刻んできた列車がまた消えてゆく。
14日5時過ぎ、少し遅れて東京着。今日は一気に東北を縦断、青森・秋田へと向かう。東北新幹線八戸まで直行する全車指定のはやて1号に乗るべく指定を申込むが3人掛けの真ん中しかない。ならばとその前に出発する自由席がある盛岡行きに乗り、仙台で追いついてくるはやて1号に乗換えることにした。これで八戸まで空いた車両で気楽に乗っていけた。
東京駅で東海道新幹線のホームと東北新幹線のホームは隣り合って並んでいるがレールはつながってない。車両の電気系が違い相手の線を走ることができない。将来札幌から鹿児島まで新幹線で結ばれる計画だが、その真ん中である東京でレールが途切れていてはその価値が半減してしまう。JR東海も東日本も対立するのではなく、国民の大切な財産としてその価値を大きく生かせるようにしていってほしい。
6時4分東京を出たやまびこ41号は大宮からぐんぐんスピードをあげ関東平野を北上する。LRT導入構想のある栃木県の県都宇都宮を過ぎると山間部に入りトンネルが増える。空は雲に覆われているが遠くは明るい。そんな中を郡山・福島と停車し8時仙台着。
8時38分の八戸行きはやて1号までわずかな時間だが仙台駅前へ出てみた。岐阜駅前と同じように2階部分で駅前のビルがデッキで結ばれている。さすがに東北一の政令都市、ホテルや商業ビルが立ち並ぶ。行きかう人も多い。岐阜などとても太刀打ちできない。
今晩の宿であるサンルートホテルが駅前にあるはずだが見つけることはできなかった。
八戸行きは盛岡までノンストップ、その後八戸まで各駅に停車。空席が目立つ車内へ、北上するにつれ雲が切れた空から日が差して込んでいる。しかし雪が少ない、ここまで来ても日の当たらない陰にしか残ってない。さすがに盛岡を過ぎると雪が増えてきたが八戸へ降りてくるとまたない。
10時3分八戸には定時に着くが接続の函館行き特急が遅れているとの案内。強風のため函館からの特急の到着が1時間ほど遅れているとのこと。八戸駅の新幹線と東北線の乗換え口は人で溢れ自動改札口は開きっぱなし。駅員に問い合わせている人も多い。列車の遅れのアナウンスが何度もされる。ホームに下りると自由席の列車待ちの列がすでに長い列が。しまった!早く降りてこればよかった。
待避線に特急用の車両が止まっている。それを使えばいいのにと思うが運用の予定を変えるわけにはいかないのだろう。
1時間弱遅れて出発。あきらめていたが運良く座ることができた。通路からデッキにも人が立っている。三沢・野辺地を過ぎると陸奥湾が見え隠れする。浅虫温泉の手前で強風のためスピードががくんと落ちた。車内では感じられないが外の木の枝は大きく揺れていた。結局、青森へは11時13分着の予定が12時55分着。11時16分に乗る綱渡り乗換えだったがもちろん後の祭り。
初日から予定がくるってきた!
もう少し山を味わいたい・・・光城山 ― 2008/08/02 23:17
そろそろもう少し山らしい山に行きたいなあと思っているがいきなり北アルプスではいけないだろう。でも高い山は見てみたい。
日本百名山を紹介する雑誌の北アルプス常念岳編に、常念岳など北アルプス南部を展望するところとして光城山~長峰山を取り上げていた。標高約1000mで登山標高差450mはちょっと物足りないけれど、松本に近いので日帰りも可能ということで登ってみることにした。
2008年8月2日(土)7時44分西岐阜発名古屋行きで出発。
名古屋から快速ナイスホリデー木曽路に乗るのだが、6月の薮原行きの時分かった事だがこの東海道線名古屋行きがそのままナイスホリデー木曽路になるので乗り換える必要がない。
塩尻まで乗り換えなしで行けるのはありがたい。
今日はいつものように松本周辺で2~3時間過ごすのではない。山に上がりそれも初めての山だし時間を計算するのは難しい。帰りの電車を特定できない。それに年をとったからか、あまり遅く帰るのも避けたい。そんな理由で今日は青春18切符ではなく青空フリー切符にした。
そうすれば特急にも乗れるから。
青空フリー切符では中央線のフリー区間は木曽平沢まで。だから、木曽平沢ー田沢の普通切符も買っておいた。
塩尻11時15分着、ここで11時26分発長野行きに乗り換える。駅の売店で昼用のおにぎりを買う。長野行きの中で食べようと思っていたが電車はよく込んでいて食べられない。15分ほど停車した松本の次が田沢12時6分着。この田沢が光城山の最寄り駅だ。電車を降りた数人の中にリュックを背負った人がいたがなぜかその人はまた駅舎へ戻って行ってしまった。
JR篠ノ井線に並行する国道19号線を北に向かう。雑誌の地図によると登山口まで40分とある。狭い歩道を歩いて行くが絶え間なく走ってくる車に対し危険を実感する。地図のルートより手前かもしれないが山側へ入る踏切があったのでそちらへ入った。山側の家並みの中の道を北へ歩きながらおにぎりを食べることにした。車の通行が少ないので安心して歩くことができる。
20分ほどすると左に安曇野を望めるようになってきて歩道のついた新しい道になる。するとカラフルな新しい家の建つ町並みが現われた。新しい分譲住宅街といった感じなのだが、これから山に登ろうとして歩いている身にとってどうしてもこの雰囲気を受け入れることができない。わが町岐阜でも市街地に接して金華山や百々が峰などの山があり、住宅の横に登山口といったところもあるだろうが・・・
登山口への標識にしたがい右折する。光城山は桜の名所らしく登山口横に広い駐車場があった。12時55分、登山口からいきなりジグザグに高度が上がる。はじめは眼下に安曇野が眺められたが上がるにつれて樹林に遮られる。なぜか今日はだんだん息があがってきた、少しむかつきもある。直前におにぎりを急いで食べたからかな。
40代ぐらいのペアが道脇で弁当を食べていた。「頂上はどれくらい?」と聞くが「私たちも初めてで分からないがもうすぐだと思う」の返事。ひと登りしたところが頂上だった、13時50分。城跡と古峰神社がある標高912mの頂上は丸く広い。木々であまり視界はよくないし木々の間からの北アルプスはかすんで薄っすら見えるだけ。北アルプスの展望台として期待してきただけに残念。
反対側へ少し下ると林道に出る。長峰山へはこの舗装された林道を歩かせられる。途中キャンプ場などの施設がある天平の森があり、なんと大型バスが来ているではないか。夏休みなので子供たちが来ているようだ。
この先で車道から分かれた登山道に入り15分ほどで長峰山の頂上に着く。934mの山頂に展望塔があり眼下に安曇野が広がるが、相変わらず山々はかすんでいた。この一帯は桜の時期がメインなのだろう。光城山頂上から林道付近では数人を見かけた登山観光客も長峰山ではだれにも会うことはなかった。下山道の案内がない。
下山方向についた踏み跡に入った。かなりいい加減に道をとったが道はしっかりしていた。ところが進むにつれ、道はあるのだが草が覆いかぶさるようになり顔にクモの巣や枝がかかるようになってきった。急いで下りてきたのでタオルとお茶のペットボトルを落としたのに気づかなかった。少し戻って探すが見当たらない。ちょっと不安とあせりを感じてきた頃木の隙間に車道が見えた。下山道を外れ車道へ向かって滑り降りるような踏み跡があったので逃げるようにそちらへ降りた。頂上から25分ほど経っていた。
車道のほうが距離は長いだろうが確実のような気がした。詳しい地図を持ってこなかったことを後悔した。車の通行も大変少ない、もちろん歩いている人はいないがしばらく下ってくると電車の音が聞こえてきた。もう一度山道に入って下ると篠ノ井線の横へ出た。明科駅はすぐだった。15時55分、車道へ出てから45分。
松本からはワイドビューしなの、この特急に乗るのは何年ぶりか。先頭の自由席はすいていた、最前列の座席に座り前面風景を楽しみながら名古屋に向かった。
日本百名山を紹介する雑誌の北アルプス常念岳編に、常念岳など北アルプス南部を展望するところとして光城山~長峰山を取り上げていた。標高約1000mで登山標高差450mはちょっと物足りないけれど、松本に近いので日帰りも可能ということで登ってみることにした。
2008年8月2日(土)7時44分西岐阜発名古屋行きで出発。
名古屋から快速ナイスホリデー木曽路に乗るのだが、6月の薮原行きの時分かった事だがこの東海道線名古屋行きがそのままナイスホリデー木曽路になるので乗り換える必要がない。
塩尻まで乗り換えなしで行けるのはありがたい。
今日はいつものように松本周辺で2~3時間過ごすのではない。山に上がりそれも初めての山だし時間を計算するのは難しい。帰りの電車を特定できない。それに年をとったからか、あまり遅く帰るのも避けたい。そんな理由で今日は青春18切符ではなく青空フリー切符にした。
そうすれば特急にも乗れるから。
青空フリー切符では中央線のフリー区間は木曽平沢まで。だから、木曽平沢ー田沢の普通切符も買っておいた。
塩尻11時15分着、ここで11時26分発長野行きに乗り換える。駅の売店で昼用のおにぎりを買う。長野行きの中で食べようと思っていたが電車はよく込んでいて食べられない。15分ほど停車した松本の次が田沢12時6分着。この田沢が光城山の最寄り駅だ。電車を降りた数人の中にリュックを背負った人がいたがなぜかその人はまた駅舎へ戻って行ってしまった。
JR篠ノ井線に並行する国道19号線を北に向かう。雑誌の地図によると登山口まで40分とある。狭い歩道を歩いて行くが絶え間なく走ってくる車に対し危険を実感する。地図のルートより手前かもしれないが山側へ入る踏切があったのでそちらへ入った。山側の家並みの中の道を北へ歩きながらおにぎりを食べることにした。車の通行が少ないので安心して歩くことができる。
20分ほどすると左に安曇野を望めるようになってきて歩道のついた新しい道になる。するとカラフルな新しい家の建つ町並みが現われた。新しい分譲住宅街といった感じなのだが、これから山に登ろうとして歩いている身にとってどうしてもこの雰囲気を受け入れることができない。わが町岐阜でも市街地に接して金華山や百々が峰などの山があり、住宅の横に登山口といったところもあるだろうが・・・
登山口への標識にしたがい右折する。光城山は桜の名所らしく登山口横に広い駐車場があった。12時55分、登山口からいきなりジグザグに高度が上がる。はじめは眼下に安曇野が眺められたが上がるにつれて樹林に遮られる。なぜか今日はだんだん息があがってきた、少しむかつきもある。直前におにぎりを急いで食べたからかな。
40代ぐらいのペアが道脇で弁当を食べていた。「頂上はどれくらい?」と聞くが「私たちも初めてで分からないがもうすぐだと思う」の返事。ひと登りしたところが頂上だった、13時50分。城跡と古峰神社がある標高912mの頂上は丸く広い。木々であまり視界はよくないし木々の間からの北アルプスはかすんで薄っすら見えるだけ。北アルプスの展望台として期待してきただけに残念。
反対側へ少し下ると林道に出る。長峰山へはこの舗装された林道を歩かせられる。途中キャンプ場などの施設がある天平の森があり、なんと大型バスが来ているではないか。夏休みなので子供たちが来ているようだ。
この先で車道から分かれた登山道に入り15分ほどで長峰山の頂上に着く。934mの山頂に展望塔があり眼下に安曇野が広がるが、相変わらず山々はかすんでいた。この一帯は桜の時期がメインなのだろう。光城山頂上から林道付近では数人を見かけた登山観光客も長峰山ではだれにも会うことはなかった。下山道の案内がない。
下山方向についた踏み跡に入った。かなりいい加減に道をとったが道はしっかりしていた。ところが進むにつれ、道はあるのだが草が覆いかぶさるようになり顔にクモの巣や枝がかかるようになってきった。急いで下りてきたのでタオルとお茶のペットボトルを落としたのに気づかなかった。少し戻って探すが見当たらない。ちょっと不安とあせりを感じてきた頃木の隙間に車道が見えた。下山道を外れ車道へ向かって滑り降りるような踏み跡があったので逃げるようにそちらへ降りた。頂上から25分ほど経っていた。
車道のほうが距離は長いだろうが確実のような気がした。詳しい地図を持ってこなかったことを後悔した。車の通行も大変少ない、もちろん歩いている人はいないがしばらく下ってくると電車の音が聞こえてきた。もう一度山道に入って下ると篠ノ井線の横へ出た。明科駅はすぐだった。15時55分、車道へ出てから45分。
松本からはワイドビューしなの、この特急に乗るのは何年ぶりか。先頭の自由席はすいていた、最前列の座席に座り前面風景を楽しみながら名古屋に向かった。
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