諏訪湖畔で ― 2011/01/09 19:03
冬の18切符が1回分残り今日使わないともう使えない
西岐阜より名古屋へ出、8時47分の中津川行きに乗る
18切符で松本方面へ行く時はほとんどこの列車を利用する。ただ8時17分名古屋発の臨時列車が運転されるときがあり、それは大垣発名古屋行きの列車がそのまま運用され、岐阜方面からは乗換えなしで中津川方面ね行くことができる。さらにその列車が臨時快速塩尻行きになるときがあり、それが走る日に当たれば西岐阜から塩尻まで直行でき大変ありがたい。今日は残念ながらそれは走ってない。
中津川からの列車は3両なので席を求めて乗客はホームを階段を走る
落合川駅を出ると山影に雪が見れるようになる。しかし木曽路の雪は少なかった。雪化粧の中を走ってほしかったが・・・
塩尻から甲府行きに乗り換え。下諏訪で下車。
下諏訪の街も除雪された雪の塊が少し残るのみ
下諏訪は列車でも車でもよく通っているが諏訪大社下社へ立ち寄った記憶がない。駅から徒歩10分ぐらいの近さ、なのに国道には参拝者のクルマが列をなしている
境内には人の列が・・・参拝の人の列だった。ここは横並びで参拝でなく一人づつの参拝のようだ
2年前はここ下諏訪から上諏訪まで湖畔を歩いたが今日は次の電車に乗る
上諏訪駅から湖畔へ出るガードをくぐったところにある小さな蕎麦屋さんへ入った
表には歴史がかった看板があったが店内はどこにもあるお店の様子。ご高齢のお嬢様が丁寧に相手をしていただける。細めの麺のとろろそばは大変おいしかった。有名人の来店がよくあるのか、後ろの壁には色紙が数多く貼ってある
湖畔へ出て、知人に聞いていた千人風呂を探す
岸辺へ出ると2年前以上に結氷しているようだ。残念ながら船着場の近くで氷は細かく割れていた
大きな風呂と聞き名前からも想像していたが、少し当てが外れた
寒い中歩いた体には、あったかい温泉は大変気持ちがよかった
西岐阜より名古屋へ出、8時47分の中津川行きに乗る
18切符で松本方面へ行く時はほとんどこの列車を利用する。ただ8時17分名古屋発の臨時列車が運転されるときがあり、それは大垣発名古屋行きの列車がそのまま運用され、岐阜方面からは乗換えなしで中津川方面ね行くことができる。さらにその列車が臨時快速塩尻行きになるときがあり、それが走る日に当たれば西岐阜から塩尻まで直行でき大変ありがたい。今日は残念ながらそれは走ってない。
中津川からの列車は3両なので席を求めて乗客はホームを階段を走る
落合川駅を出ると山影に雪が見れるようになる。しかし木曽路の雪は少なかった。雪化粧の中を走ってほしかったが・・・
塩尻から甲府行きに乗り換え。下諏訪で下車。
下諏訪の街も除雪された雪の塊が少し残るのみ
下諏訪は列車でも車でもよく通っているが諏訪大社下社へ立ち寄った記憶がない。駅から徒歩10分ぐらいの近さ、なのに国道には参拝者のクルマが列をなしている
境内には人の列が・・・参拝の人の列だった。ここは横並びで参拝でなく一人づつの参拝のようだ
2年前はここ下諏訪から上諏訪まで湖畔を歩いたが今日は次の電車に乗る
上諏訪駅から湖畔へ出るガードをくぐったところにある小さな蕎麦屋さんへ入った
表には歴史がかった看板があったが店内はどこにもあるお店の様子。ご高齢のお嬢様が丁寧に相手をしていただける。細めの麺のとろろそばは大変おいしかった。有名人の来店がよくあるのか、後ろの壁には色紙が数多く貼ってある
湖畔へ出て、知人に聞いていた千人風呂を探す
岸辺へ出ると2年前以上に結氷しているようだ。残念ながら船着場の近くで氷は細かく割れていた
大きな風呂と聞き名前からも想像していたが、少し当てが外れた
寒い中歩いた体には、あったかい温泉は大変気持ちがよかった
電車ホームの洗面台 ― 2011/01/03 17:10
東京の帰り、伊豆へ入ってみることにした
今日は沼津から18切符を使って帰ることにする
1月3日、三島から修善寺・天城峠経由河津へ。そして伊豆急で熱海へ、熱海から東海道線を岐阜まで下る一日
修善寺からのバスの時刻がわからないから行き当たりばったり!
15時までぐらいに熱海を出られればいい
バスがうまく連絡してなかったら、葛城山へロープウエイで上がってもいい
三島で改札を出てみどりの窓口の大型時刻表を見た。三島をすぐ出る電車にバスの連絡がいい。伊豆箱根鉄道のホームへ急ぐ
電車は空いていた。単線で時々すれ違う対向の電車は結構混んでる
市街地を抜けると右後方に白い富士山が見られた。一部雲がかかっていたが、どこから見ても存在感がある。しかし今日はここで見納めであった
今から思えば、伊豆長岡で下りて葛城山へ登ったほうがよかったか・・・
幅の広いホームの駅に停車した。大仁駅だった。温泉があるようだ・・・伊豆だから温泉も珍しくはないか
その広いホームの真ん中に大きな鏡のついた洗面台があった!
もしかして蛇口から温泉のお湯が出るのだろうか?
ホームの洗面台は、かってはJRの主な駅のホームにはどこにもあったと思うが今はまったく見かけなくなった。蒸気機関車時代にはその煤煙で汚れた顔をホームでさっぱりするための必需品であった。またブルートレインなど夜行列車の乗客にも重宝されたに違いない
しかしそのような利用がほとんどなくなり姿を消していったのだろう
それがどうしてこのような電車の鉄道に設置してあるのだろうか?
修善寺からのバスの10人ぐらいの乗客はわれわれ以外はすべて、淨蓮の滝で下車
その先の道の駅からのわずかな客を乗せたバスは、天城峠新道・ループ橋を経て河津駅へ
河津からはかろうじて席を確保できた熱海行き普通電車
熱海から西岐阜へ、途中浜松での1回の乗換えで帰れる。足を痛めている今、大変ラッキーであった
今日は沼津から18切符を使って帰ることにする
1月3日、三島から修善寺・天城峠経由河津へ。そして伊豆急で熱海へ、熱海から東海道線を岐阜まで下る一日
修善寺からのバスの時刻がわからないから行き当たりばったり!
15時までぐらいに熱海を出られればいい
バスがうまく連絡してなかったら、葛城山へロープウエイで上がってもいい
三島で改札を出てみどりの窓口の大型時刻表を見た。三島をすぐ出る電車にバスの連絡がいい。伊豆箱根鉄道のホームへ急ぐ
電車は空いていた。単線で時々すれ違う対向の電車は結構混んでる
市街地を抜けると右後方に白い富士山が見られた。一部雲がかかっていたが、どこから見ても存在感がある。しかし今日はここで見納めであった
今から思えば、伊豆長岡で下りて葛城山へ登ったほうがよかったか・・・
幅の広いホームの駅に停車した。大仁駅だった。温泉があるようだ・・・伊豆だから温泉も珍しくはないか
その広いホームの真ん中に大きな鏡のついた洗面台があった!
もしかして蛇口から温泉のお湯が出るのだろうか?
ホームの洗面台は、かってはJRの主な駅のホームにはどこにもあったと思うが今はまったく見かけなくなった。蒸気機関車時代にはその煤煙で汚れた顔をホームでさっぱりするための必需品であった。またブルートレインなど夜行列車の乗客にも重宝されたに違いない
しかしそのような利用がほとんどなくなり姿を消していったのだろう
それがどうしてこのような電車の鉄道に設置してあるのだろうか?
修善寺からのバスの10人ぐらいの乗客はわれわれ以外はすべて、淨蓮の滝で下車
その先の道の駅からのわずかな客を乗せたバスは、天城峠新道・ループ橋を経て河津駅へ
河津からはかろうじて席を確保できた熱海行き普通電車
熱海から西岐阜へ、途中浜松での1回の乗換えで帰れる。足を痛めている今、大変ラッキーであった
ダイヤ乱れの一日 ― 2010/07/22 11:30
2010年7月21日(水)、夏の18切符を早々に使う
少し遅めの9時前、西岐阜へ。電光掲示板を見ると「あれっ」少し遅れているようだ。朝の地震の影響だろうか?でもすでに3時間近くたっている
数分遅れの大垣行きに乗る。
大垣発9時41分米原行きも2分ほど遅れて出発
18切符期間の土日の米原行きはいつも満員だが今日はゆっくり座席を確保できた
米原での乗換えは3分しかない。電車が米原駅ホームの端まで来たときはすでにその電車の発車時間・・・しかし乗るべき電車の姿はない
いつも乗換客がホームを走るが今日は戸惑っている
すると駅アナウンスが「早朝の吹田駅での人身事故でダイヤが乱れ、10時22分発の新快速姫路行きは運休となります」
次の新快速は30分後、それもどうなるかわからない。次発の普通に乗るしかない
この普通も5分ほど遅れて発車。野洲到着、別のホームから大阪方面へ電車が出て行った。野洲始発の新快速か?車内で案内アナウンスがあったのか?
野洲を出ると上り方面行きの電車が3~4本連続して止まっている。野洲駅に入線できるホームがなかったのか
草津駅手前でこちらの電車も停車。先行列車遅れで何度も続く。
当初の列車に比べかなり遅れたので大阪で下車
帰路、大阪乗車ではなかなか座席が確保できないので、東西線で尼崎へ出て米原方面行きの新快速に乗ることが多い。そうすると大阪で座席を確保できる確率が高くなる
もう17時近いのに朝の影響なのかまだダイヤが乱れているようだ。野洲行きの新快速に乗る。大阪で隣ホームの寝台列車「日本海」が少し遅れて先に出て行った。「日本海」が先行するからかいつもの新快速の走りができない
吹田あたりで停車が長い。そこに「高槻の先で線路内に人が立ち入ったため安全を確認しています」
遅れはどんどん大きくなり、この野洲行きは草津で運転打ち切りとなった。この車両はすぐ姫路方面行きとして折り返していった
多くの乗客を降ろして運転打ち切りまでして反対方向へ折り返していくのを、ちょっと割り切れない気持ちで見ていたのは僕だけか
ダイヤの乱れを正していくのにはこうゆう処置も仕方がないのか
遅れた電車の後だから団子のように後ろに電車が並んでいたようだ
米原先着の新快速や普通が来るが、すぐ後に大垣直通の大垣行き普通が来るというのでそれに乗ることにした
今日は一日中遅延の列車ばかり乗った。これも珍しいことに違いない・・・
少し遅めの9時前、西岐阜へ。電光掲示板を見ると「あれっ」少し遅れているようだ。朝の地震の影響だろうか?でもすでに3時間近くたっている
数分遅れの大垣行きに乗る。
大垣発9時41分米原行きも2分ほど遅れて出発
18切符期間の土日の米原行きはいつも満員だが今日はゆっくり座席を確保できた
米原での乗換えは3分しかない。電車が米原駅ホームの端まで来たときはすでにその電車の発車時間・・・しかし乗るべき電車の姿はない
いつも乗換客がホームを走るが今日は戸惑っている
すると駅アナウンスが「早朝の吹田駅での人身事故でダイヤが乱れ、10時22分発の新快速姫路行きは運休となります」
次の新快速は30分後、それもどうなるかわからない。次発の普通に乗るしかない
この普通も5分ほど遅れて発車。野洲到着、別のホームから大阪方面へ電車が出て行った。野洲始発の新快速か?車内で案内アナウンスがあったのか?
野洲を出ると上り方面行きの電車が3~4本連続して止まっている。野洲駅に入線できるホームがなかったのか
草津駅手前でこちらの電車も停車。先行列車遅れで何度も続く。
当初の列車に比べかなり遅れたので大阪で下車
帰路、大阪乗車ではなかなか座席が確保できないので、東西線で尼崎へ出て米原方面行きの新快速に乗ることが多い。そうすると大阪で座席を確保できる確率が高くなる
もう17時近いのに朝の影響なのかまだダイヤが乱れているようだ。野洲行きの新快速に乗る。大阪で隣ホームの寝台列車「日本海」が少し遅れて先に出て行った。「日本海」が先行するからかいつもの新快速の走りができない
吹田あたりで停車が長い。そこに「高槻の先で線路内に人が立ち入ったため安全を確認しています」
遅れはどんどん大きくなり、この野洲行きは草津で運転打ち切りとなった。この車両はすぐ姫路方面行きとして折り返していった
多くの乗客を降ろして運転打ち切りまでして反対方向へ折り返していくのを、ちょっと割り切れない気持ちで見ていたのは僕だけか
ダイヤの乱れを正していくのにはこうゆう処置も仕方がないのか
遅れた電車の後だから団子のように後ろに電車が並んでいたようだ
米原先着の新快速や普通が来るが、すぐ後に大垣直通の大垣行き普通が来るというのでそれに乗ることにした
今日は一日中遅延の列車ばかり乗った。これも珍しいことに違いない・・・
麓からの高遠桜 ― 2009/04/08 22:13
2008年4月8日(水)、春の青春18切符が2枚残ってるが今日使わないと使う日がない。
大阪での買い物の予定がなくなったので中央線に乗ることにした。別の案として氷見線の氷見へ行って魚を食べることを検討したが、氷見でそれだけの時間が取れない。ダイヤが変わってもやはり無理のようだ。
朝7時台後半、西岐阜から名古屋方面へは約5分毎に電車が来る。でも西岐阜では座席に座ることはできなかった。岐阜で乗り降りがありさらに増える、一宮・稲沢では圧倒的に乗りが多くさすがにラッシュ時だ。
名古屋では10分待合せの8時31分の中津川行き快速。ホームには列車はまだなく乗車口に5~10人づつの列ができていた。名古屋折り返しの、東海地区の普通・快速では最長の10両編成の列車が入ってきた。列車によってはかなりの確率で編成の名古屋寄り2両がクロスシート車であることを忘れていた。いまさら数両離れたところまではいけない、ロングシート車で我慢する。
立ち客も目立ってきて出発。各駅に停車しながらお客さんが増えてきていた車内も、大曽根を出るとすっきりして外の景色もよく見えるようになった。
次の勝川付近は高架化工事中。中津川方面行きの下り線はすでに高架化されている。ここへは東海道線枇杷島駅から名古屋市北部を通る城北線が入ってくるはずである。これを機会に城北線を電化して名古屋駅への乗り入れはもちろん、東海道線・中央線・関西線・愛知環状線・あおなみ線と直通運転できる価値を大いに利用してほしいものだ。名古屋環状線も可能だし、豊橋ー多治見とか中津川ー四日市・瀬戸ー桑名がスムーズに直行できる。利便性が格段によくなると思うのだが・・・
多治見から再び各駅に停車してゆく。乗客が少ないので窓から沿線の風景がよく見える。中央線が突き抜ける東濃地方、今まで無意識に見ていたが市街地を除いて意外と起伏が多い。山と山に挟まれた谷間に土岐川がさらに谷を造り、それに絡むように中央線と国道19号線が走り、そして山側に1段上がったところを中央高速が延びる。
なぜ今日は景色が違うのか、それがわかった。いつものクロスシート車だと背もたれが並び窓の3分の1を隠していた。しかしロングシート車は窓の外がすべて見えるではないか。
中津川からは今までの10両が3両のJR東日本の列車になった。座席はあっという間に満席になった。耳に入ってくる会話から青春18切符を使っている人が多い。それも”旧”青春の人が目立つ。
今日も目的地を決めずに乗ってきた。松本それとも信濃大町方面・茅野小淵沢方面とか考えていたが、塩尻までに決める必要がある。そこで思いついたのが、今まで車では何度か行ったことがあるが電車ではまだ行ったことがない高遠の桜。
伊那からバスになるが時刻もわからず時間の計算が出来ない。この時期渋滞もある。「まあとりあえず行ってみよう」
塩尻から辰野行きに乗り換える。3面あるホームの真ん中のホームの3番線にちょっと変わった1両の電車が辰野行きだった。
塩尻を出ると右の方へ今来た中央西線が分かれてゆく。10人程の乗客を乗せた電車は左へカーブし、数本並ぶ線路の中央を通って旧塩尻駅があったあたりを過ぎ、まもなく左にますっぐ延びる線路を見ながら右の山側へ取り付く。山の地形にあわせるようにカーブを描いて高度を上げてゆく。この連続するカーブは高速列車には厳しい。
かって中央東線は東京方面から来ると岡谷から南へカーブを切り、大きくU字を描いて塩尻へ達していた。Uの底に辰野がありそこから飯田線が分岐している。特急あずさもそのカーブを走っていた。
岡谷の西には塩尻峠のある山がありそれを避けるように大回りしていると思っていたが、建設当時の政治家が自分の地元へ引き込んだのが原因だった。
今諏訪と松本を結ぶ列車は塩嶺トンネルで最短距離を走る。一方U字は完全にローカル線化している。
辰野で、すぐやって来た岡谷発豊橋行きに乗リ換える。学校帰りの高校生でかなりの混雑だ。飯田線はカーブが多い、駅間距離が短い、まさしくのんびりと、豊橋まで数時間かけて走ってゆく。
伊那を頭につけた駅が現われ中央アルプス・南アルプスの白い頂が目に入ってくる。
伊那市駅で多くの乗客とともに下車。帰りは豊橋を回って行ってもいいよというがそれのほうが帰りつくのは遅くなる。2時間後の岡谷方面行きの列車に乗ることにする。
駅舎の目の前から高遠行きのバスが出ていた。時刻表を見ると1時間に1本ぐらいしか出ていない。そして次は25分後しかなく高遠までの所要時間もわからない。そして城址公園へはさらに高遠駅でバスを乗換えるとのこと。約20分で高遠に着いたが伊那市駅へ帰るバスまで35分しかない。とてもバスを乗り継いで公園まで上がる時間はない。
商店街を歩き公園を眺められるところまで来て桜まんじゅうを買う。曰く『バス代往復2人分2040円の高いまんじゅうを買いに来たものだ』
目の前のソメイヨシノは満開だが一段上にあるコヒガン桜はまだ咲き始め。麓から眺めただけでバス停へ引き返すことにする。
伊那市駅から再び飯田線で岡谷へ出、そして塩尻へと戻った。
塩尻駅のホームの売店で、恒例にしているとり釜めしを買い込む。何年になるだろう、こちら方面へ来たときはここでこの釜めしを買い、車内で食べるか持って帰って食べたりしている。容器がずっと焼き物だったのに最近プラスチックになってしまったのが残念。
薮原を過ぎ、ちょっと周りを気にしながらおいしい釜めしのふたを開けた。
大阪での買い物の予定がなくなったので中央線に乗ることにした。別の案として氷見線の氷見へ行って魚を食べることを検討したが、氷見でそれだけの時間が取れない。ダイヤが変わってもやはり無理のようだ。
朝7時台後半、西岐阜から名古屋方面へは約5分毎に電車が来る。でも西岐阜では座席に座ることはできなかった。岐阜で乗り降りがありさらに増える、一宮・稲沢では圧倒的に乗りが多くさすがにラッシュ時だ。
名古屋では10分待合せの8時31分の中津川行き快速。ホームには列車はまだなく乗車口に5~10人づつの列ができていた。名古屋折り返しの、東海地区の普通・快速では最長の10両編成の列車が入ってきた。列車によってはかなりの確率で編成の名古屋寄り2両がクロスシート車であることを忘れていた。いまさら数両離れたところまではいけない、ロングシート車で我慢する。
立ち客も目立ってきて出発。各駅に停車しながらお客さんが増えてきていた車内も、大曽根を出るとすっきりして外の景色もよく見えるようになった。
次の勝川付近は高架化工事中。中津川方面行きの下り線はすでに高架化されている。ここへは東海道線枇杷島駅から名古屋市北部を通る城北線が入ってくるはずである。これを機会に城北線を電化して名古屋駅への乗り入れはもちろん、東海道線・中央線・関西線・愛知環状線・あおなみ線と直通運転できる価値を大いに利用してほしいものだ。名古屋環状線も可能だし、豊橋ー多治見とか中津川ー四日市・瀬戸ー桑名がスムーズに直行できる。利便性が格段によくなると思うのだが・・・
多治見から再び各駅に停車してゆく。乗客が少ないので窓から沿線の風景がよく見える。中央線が突き抜ける東濃地方、今まで無意識に見ていたが市街地を除いて意外と起伏が多い。山と山に挟まれた谷間に土岐川がさらに谷を造り、それに絡むように中央線と国道19号線が走り、そして山側に1段上がったところを中央高速が延びる。
なぜ今日は景色が違うのか、それがわかった。いつものクロスシート車だと背もたれが並び窓の3分の1を隠していた。しかしロングシート車は窓の外がすべて見えるではないか。
中津川からは今までの10両が3両のJR東日本の列車になった。座席はあっという間に満席になった。耳に入ってくる会話から青春18切符を使っている人が多い。それも”旧”青春の人が目立つ。
今日も目的地を決めずに乗ってきた。松本それとも信濃大町方面・茅野小淵沢方面とか考えていたが、塩尻までに決める必要がある。そこで思いついたのが、今まで車では何度か行ったことがあるが電車ではまだ行ったことがない高遠の桜。
伊那からバスになるが時刻もわからず時間の計算が出来ない。この時期渋滞もある。「まあとりあえず行ってみよう」
塩尻から辰野行きに乗り換える。3面あるホームの真ん中のホームの3番線にちょっと変わった1両の電車が辰野行きだった。
塩尻を出ると右の方へ今来た中央西線が分かれてゆく。10人程の乗客を乗せた電車は左へカーブし、数本並ぶ線路の中央を通って旧塩尻駅があったあたりを過ぎ、まもなく左にますっぐ延びる線路を見ながら右の山側へ取り付く。山の地形にあわせるようにカーブを描いて高度を上げてゆく。この連続するカーブは高速列車には厳しい。
かって中央東線は東京方面から来ると岡谷から南へカーブを切り、大きくU字を描いて塩尻へ達していた。Uの底に辰野がありそこから飯田線が分岐している。特急あずさもそのカーブを走っていた。
岡谷の西には塩尻峠のある山がありそれを避けるように大回りしていると思っていたが、建設当時の政治家が自分の地元へ引き込んだのが原因だった。
今諏訪と松本を結ぶ列車は塩嶺トンネルで最短距離を走る。一方U字は完全にローカル線化している。
辰野で、すぐやって来た岡谷発豊橋行きに乗リ換える。学校帰りの高校生でかなりの混雑だ。飯田線はカーブが多い、駅間距離が短い、まさしくのんびりと、豊橋まで数時間かけて走ってゆく。
伊那を頭につけた駅が現われ中央アルプス・南アルプスの白い頂が目に入ってくる。
伊那市駅で多くの乗客とともに下車。帰りは豊橋を回って行ってもいいよというがそれのほうが帰りつくのは遅くなる。2時間後の岡谷方面行きの列車に乗ることにする。
駅舎の目の前から高遠行きのバスが出ていた。時刻表を見ると1時間に1本ぐらいしか出ていない。そして次は25分後しかなく高遠までの所要時間もわからない。そして城址公園へはさらに高遠駅でバスを乗換えるとのこと。約20分で高遠に着いたが伊那市駅へ帰るバスまで35分しかない。とてもバスを乗り継いで公園まで上がる時間はない。
商店街を歩き公園を眺められるところまで来て桜まんじゅうを買う。曰く『バス代往復2人分2040円の高いまんじゅうを買いに来たものだ』
目の前のソメイヨシノは満開だが一段上にあるコヒガン桜はまだ咲き始め。麓から眺めただけでバス停へ引き返すことにする。
伊那市駅から再び飯田線で岡谷へ出、そして塩尻へと戻った。
塩尻駅のホームの売店で、恒例にしているとり釜めしを買い込む。何年になるだろう、こちら方面へ来たときはここでこの釜めしを買い、車内で食べるか持って帰って食べたりしている。容器がずっと焼き物だったのに最近プラスチックになってしまったのが残念。
薮原を過ぎ、ちょっと周りを気にしながらおいしい釜めしのふたを開けた。
井原鉄道 ― 2009/01/18 14:26
冬の青春18切符が2回分残っており1月17・18日しか使える日がなくなった。1泊2日で少し遠くへ行くのも大変いい案だが1泊しようとすると結構面倒だ。というわけで日帰りを2日続けることにした。
2009年1月17日(土)、西岐阜から西へ向け7時27分の米原行きに乗る。6両でホームに入ってきた電車は思った以上に込んでいた。もちろん座ることはできない。ただ大垣でお客さんは入れ替わり座れるだろうと思っていたがまったくハズレで、降りる人はわずかで乗る人が並んでいる。さらに近江長岡から高校生の集団が乗ってきた。そう言えば今日は大学入試センター試験があるとのニュースをやっていたな!
米原では長浜からの8両に4両増結された姫路行きに、かろうじて座席を確保できた。
10時47分着の姫路までは2時間半の長丁場。このルートの北陸線敦賀から赤穂線播州赤穂までのJR西日本の新快速路線は二百数十キロ・3時間半を走りぬく長大路線だ。かってなら特急・急行で走らせる距離であり、そこを普通切符だけで乗れる新快速が運転されているのは青春18切符派には大変ありがたい。
姫路・相生・岡山で乗換え岡山から伯備線新見行きに乗る。倉敷から山陽線を離れ伯備線に入る。新見まで行ってみたいと思ったがこの先の備中高梁以遠の列車本数が少なくあきらめた。
倉敷の家並みを抜けると上下線のレールが分かれ北行きのレールは高梁川に沿うようになる。山陽道・山陽新幹線と交差するとまもなく、左から高梁川を渡って鉄橋が直角に近づいてきた。道路と交差かなと思ったらお互いガーブして寄り添う形になり、鉄橋は伯備線の上を越え右側へ降りてきた。道路ではなく鉄道であった。そして伯備線の南行きのレールも帰ってきて、鉄橋からのレールを挟むように駅へ入っていった。
清音駅、井原鉄道の分岐駅だが井原鉄道の多くの列車は伯備線の次の駅総社駅で発着している。総社駅まで行くと乗るべき列車には間に合わない、また総社ー清音間はJR線のはずだが井原鉄道の列車に乗ると18切符は使えないらしい。
13時11分、清音駅から乗る。清音駅ホームに井原鉄道乗車証明書の発券機があったのでとっておいた。ディーゼル車1両の神辺行きは座席の半分近くが埋まり、先ほどの鉄橋を単線で渡っていく。来る前から地方ローカル線と思ってきたが間違いはないようだ。
しかし何かが違う、ほとんどが高架線になっている。国鉄で着工され国鉄再建で中断されたあと、第三セクターで10年ほど前に開通した新しい線だからだろうか?約40キロの間で踏切は1箇所しか気がつかなかった。
井原鉄道沿線はローカル線らしからぬ、概して町並が・家並が続いている。倉敷・笠岡・福山へと続く山陽線沿いとは山を挟んで数キロ~10キロ弱しか離れておらず、けして過疎地域といった感じではない。だが乗客は少ない、赤字であろう。
1両のディーゼルカーが単線を1時間に1~2本走る鉄道が高架線である必要はあるのだろうか?高架線は民家の3階部分を走るといった感じである。この程度の乗客数だから高架駅にはエレベーターもエスカレーターも当然ない。3階部分まで階段で上がるというのは、特に高齢者の方には苦痛に違いない。これだけで高齢者の方は拒否してしまうのではないか。ベビーカーも乗るなといってるようなものだ。このような高架線はクルマが便利になるだけ・車を喜ばせるだけでしかないと思う。高い建設費を払い敵であるクルマを便利にさせ自分の首を絞めている。
途中駅で1箇所あったが、駅舎の改札口を通り、駅舎とホームの間にある線路を乗客用の踏切で渡り、ホーム端のスロープでホームに上がる。昔から数多くある形で列車に乗るには大変便利な形だと思う。島式ホームなら島の中に駅舎や改札口を作りそのままホームにつながれば、線路のどちら側の人も遠回りすることなく、踏切を一回渡るだけでホームに入ることが出来る。踏切における事故の可能性がないわけではないので踏切対策は必要だが、跨線橋設置や高架化は乗降客数や列車本数と乗客の利便性を充分考慮して計画してほしい。
交通円滑化のための連続立体交差事業として鉄道が上に上げさせられているが、視点を変えて交通弱者である歩行者・自転車から見たら、鉄道よりも車のほうが円滑化の邪魔をしていると見えるかもしれない。立体交差事業の財源が道路財源から出ていることを聞き、何か陰謀を感じるのは考えすぎか。
14時15分、終点でJRとの接続駅である神辺駅に到着。運賃980円をワンマン運転の運転手に払いJRとの乗換え口へ行く。
JR福塩線の黄色い電車で福山へ出る。福山で1時間とり、昔の知り合いの店を見、駅で遅い昼食を食べ、16時12分岡山へ向かう。岡山から姫路・米原へと来た道を戻り22時2分西岐阜へ帰り着いた。
2009年1月17日(土)、西岐阜から西へ向け7時27分の米原行きに乗る。6両でホームに入ってきた電車は思った以上に込んでいた。もちろん座ることはできない。ただ大垣でお客さんは入れ替わり座れるだろうと思っていたがまったくハズレで、降りる人はわずかで乗る人が並んでいる。さらに近江長岡から高校生の集団が乗ってきた。そう言えば今日は大学入試センター試験があるとのニュースをやっていたな!
米原では長浜からの8両に4両増結された姫路行きに、かろうじて座席を確保できた。
10時47分着の姫路までは2時間半の長丁場。このルートの北陸線敦賀から赤穂線播州赤穂までのJR西日本の新快速路線は二百数十キロ・3時間半を走りぬく長大路線だ。かってなら特急・急行で走らせる距離であり、そこを普通切符だけで乗れる新快速が運転されているのは青春18切符派には大変ありがたい。
姫路・相生・岡山で乗換え岡山から伯備線新見行きに乗る。倉敷から山陽線を離れ伯備線に入る。新見まで行ってみたいと思ったがこの先の備中高梁以遠の列車本数が少なくあきらめた。
倉敷の家並みを抜けると上下線のレールが分かれ北行きのレールは高梁川に沿うようになる。山陽道・山陽新幹線と交差するとまもなく、左から高梁川を渡って鉄橋が直角に近づいてきた。道路と交差かなと思ったらお互いガーブして寄り添う形になり、鉄橋は伯備線の上を越え右側へ降りてきた。道路ではなく鉄道であった。そして伯備線の南行きのレールも帰ってきて、鉄橋からのレールを挟むように駅へ入っていった。
清音駅、井原鉄道の分岐駅だが井原鉄道の多くの列車は伯備線の次の駅総社駅で発着している。総社駅まで行くと乗るべき列車には間に合わない、また総社ー清音間はJR線のはずだが井原鉄道の列車に乗ると18切符は使えないらしい。
13時11分、清音駅から乗る。清音駅ホームに井原鉄道乗車証明書の発券機があったのでとっておいた。ディーゼル車1両の神辺行きは座席の半分近くが埋まり、先ほどの鉄橋を単線で渡っていく。来る前から地方ローカル線と思ってきたが間違いはないようだ。
しかし何かが違う、ほとんどが高架線になっている。国鉄で着工され国鉄再建で中断されたあと、第三セクターで10年ほど前に開通した新しい線だからだろうか?約40キロの間で踏切は1箇所しか気がつかなかった。
井原鉄道沿線はローカル線らしからぬ、概して町並が・家並が続いている。倉敷・笠岡・福山へと続く山陽線沿いとは山を挟んで数キロ~10キロ弱しか離れておらず、けして過疎地域といった感じではない。だが乗客は少ない、赤字であろう。
1両のディーゼルカーが単線を1時間に1~2本走る鉄道が高架線である必要はあるのだろうか?高架線は民家の3階部分を走るといった感じである。この程度の乗客数だから高架駅にはエレベーターもエスカレーターも当然ない。3階部分まで階段で上がるというのは、特に高齢者の方には苦痛に違いない。これだけで高齢者の方は拒否してしまうのではないか。ベビーカーも乗るなといってるようなものだ。このような高架線はクルマが便利になるだけ・車を喜ばせるだけでしかないと思う。高い建設費を払い敵であるクルマを便利にさせ自分の首を絞めている。
途中駅で1箇所あったが、駅舎の改札口を通り、駅舎とホームの間にある線路を乗客用の踏切で渡り、ホーム端のスロープでホームに上がる。昔から数多くある形で列車に乗るには大変便利な形だと思う。島式ホームなら島の中に駅舎や改札口を作りそのままホームにつながれば、線路のどちら側の人も遠回りすることなく、踏切を一回渡るだけでホームに入ることが出来る。踏切における事故の可能性がないわけではないので踏切対策は必要だが、跨線橋設置や高架化は乗降客数や列車本数と乗客の利便性を充分考慮して計画してほしい。
交通円滑化のための連続立体交差事業として鉄道が上に上げさせられているが、視点を変えて交通弱者である歩行者・自転車から見たら、鉄道よりも車のほうが円滑化の邪魔をしていると見えるかもしれない。立体交差事業の財源が道路財源から出ていることを聞き、何か陰謀を感じるのは考えすぎか。
14時15分、終点でJRとの接続駅である神辺駅に到着。運賃980円をワンマン運転の運転手に払いJRとの乗換え口へ行く。
JR福塩線の黄色い電車で福山へ出る。福山で1時間とり、昔の知り合いの店を見、駅で遅い昼食を食べ、16時12分岡山へ向かう。岡山から姫路・米原へと来た道を戻り22時2分西岐阜へ帰り着いた。


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