メトロロマンスカー2011/01/02 20:57

大手町駅へ入るロマンスカー
1月2日、今日が1ヶ月目の誕生日の孫は完全に昼と夜を間違えている
二人の親はほとんど眠れてないようだ。二人を休ませるためにはわれわれが退散するのが一番いい
直前に沼津のホテルを押さえておいた。名残惜しいが早目に神田を後にすることにする

以前鉄道雑誌で見た、小田急ロマンスカーが地下鉄に乗り入れていることを思い出した
最初は新宿から小田急・御殿場線経由の特急『あさぎり』を考えたが、小田急ロマンスカーがちょうど神田の近くの地下鉄千代田線を走り大手町駅に停車することを知り、これだと決めた

朝一番、大手町駅まで切符を買いに行く。
箱根駅伝のジャンパーを着た学生を数人見かけ、今日はここがちょうど出発点で出発して間もないときであった

駅の切符自販機で指定席を確保、神田へ戻る
赤ちゃんの寝顔を見ながら皆でお昼ご飯を食べ、14時59分大手町発の『メトロはこね(MSE)号』に乗るべく出発

メトロ用に開発されたという青い車体の特急は地下鉄駅ではさすがに存在感がある
9両のうち7号車以降の3両は小田原どまり。その7号車はよく空いていたが徐々に埋まってくる
特急といえども地下鉄線内はスピードを出せない。ところが代々木上原で地上の小田急線に入ってもぜんぜん特急らしくない。隣で「何でこんなにゆっくりなの?」
過密ダイヤでは走れないのだろう。のろのろは町田まで続いたが定時で到着。これが正常運転なのだ
町田ではかなりの乗客が降りる。そしてここからやっと特急らしいスピードを発揮。しかしスピードアップされたのに乗客がまばらになった電車はちょっと寂しかった

小田原からはJR。1本見送り熱海乗換えのない沼津行きに乗った

元旦の東京へ2011/01/01 14:10

元旦の富士山
元旦の旅行は5年目になる
昨年に続き今年の元旦も雪化粧

12月2日、3人目の孫が誕生しその顔を見る旅となった

今年は18切符ではなく新幹線なのでゆっくりの出発
名古屋に近づくとすでに雪のかけらもない

女房が足を痛めていることもあり、のぞみの指定席を取っておいたが空席のほうが多い。元旦に東京へ向かう人は少ないようだ

東へ向かうにつれ空の雲はとれてきた

目の前に現われた富士山は頂上部分がかすんでいるがまずまずのお出ましであった

元旦の昼の東京神田は人もクルマもまばら。飲み屋街ももちろん静かで猫がうろうろするばかり

この街にはちょっと似合わない感じの、誕生一ヶ月の赤ちゃんとの対面がまもなく~

ダイヤ乱れの一日2010/07/22 11:30

大垣駅到着の西日本車両
2010年7月21日(水)、夏の18切符を早々に使う
少し遅めの9時前、西岐阜へ。電光掲示板を見ると「あれっ」少し遅れているようだ。朝の地震の影響だろうか?でもすでに3時間近くたっている
数分遅れの大垣行きに乗る。
大垣発9時41分米原行きも2分ほど遅れて出発
18切符期間の土日の米原行きはいつも満員だが今日はゆっくり座席を確保できた
米原での乗換えは3分しかない。電車が米原駅ホームの端まで来たときはすでにその電車の発車時間・・・しかし乗るべき電車の姿はない
いつも乗換客がホームを走るが今日は戸惑っている
すると駅アナウンスが「早朝の吹田駅での人身事故でダイヤが乱れ、10時22分発の新快速姫路行きは運休となります」
次の新快速は30分後、それもどうなるかわからない。次発の普通に乗るしかない
この普通も5分ほど遅れて発車。野洲到着、別のホームから大阪方面へ電車が出て行った。野洲始発の新快速か?車内で案内アナウンスがあったのか?
野洲を出ると上り方面行きの電車が3~4本連続して止まっている。野洲駅に入線できるホームがなかったのか
草津駅手前でこちらの電車も停車。先行列車遅れで何度も続く。

当初の列車に比べかなり遅れたので大阪で下車
帰路、大阪乗車ではなかなか座席が確保できないので、東西線で尼崎へ出て米原方面行きの新快速に乗ることが多い。そうすると大阪で座席を確保できる確率が高くなる

もう17時近いのに朝の影響なのかまだダイヤが乱れているようだ。野洲行きの新快速に乗る。大阪で隣ホームの寝台列車「日本海」が少し遅れて先に出て行った。「日本海」が先行するからかいつもの新快速の走りができない
吹田あたりで停車が長い。そこに「高槻の先で線路内に人が立ち入ったため安全を確認しています」
遅れはどんどん大きくなり、この野洲行きは草津で運転打ち切りとなった。この車両はすぐ姫路方面行きとして折り返していった
多くの乗客を降ろして運転打ち切りまでして反対方向へ折り返していくのを、ちょっと割り切れない気持ちで見ていたのは僕だけか
ダイヤの乱れを正していくのにはこうゆう処置も仕方がないのか

遅れた電車の後だから団子のように後ろに電車が並んでいたようだ
米原先着の新快速や普通が来るが、すぐ後に大垣直通の大垣行き普通が来るというのでそれに乗ることにした

今日は一日中遅延の列車ばかり乗った。これも珍しいことに違いない・・・

岐阜・金華山2010/07/18 21:57

久しぶりの陽に輝く岐阜城天守
2010年7月17日(土)、今日で今年何回目か、週1回程度登ってきたが今日は1ヵ月半ぶりになってしまった。
6月の夜叉が池登山の後、少々体調不良があり、また梅雨時でもあり雨天が多くつい遠のいていた

いつもより1時間弱遅いバスで岐阜公園へ

金華山は岐阜市の市街地の中に立ち上がっているといってもいい。頂上には織田信長ゆかりの岐阜城が建ち、長良川の鵜飼とともに岐阜のシンボルでもある
西麓に岐阜公園があり主要な4本の登山道がここからのびている。またロープウエイも公園の中央から出て行く

今日は時間的にも距離的にも短い、が健脚者向けになってる馬ノ背登山道を登る。
ロープウエイ乗り場横から三重塔の前を過ぎ、瞑想のこみちと合流。木々の間から岐阜の町並みに長良川も目に入る。まもなく瞑想のこみちと別れ傾斜がぐんっときつくなる。
この道は尾根を伝っていくところから名がついたのであろうが、木々に囲まれて視界はきかない。岩の露出したところが何箇所もあるがよく踏まれているので迷うことはない

久しぶりだからか珍しく少々きつい!先日来の気持ちの少し揺らぐところがこのようなところにも出てくるのか?

頂上はいつものように、登山者とロープウエイで来る観光客でにぎわっている。時間が遅いせいか朝の登山者は少ないようだ
金華山登頂9000回を超え、13333回を目指しておられる方を知っているがが、その方は毎朝夜明けの頃登られ、それも1日に1~3往復登りその後仕事に勤務されているつわものだ。
年何百回登るという高齢登山者が頂上で何人も談笑されているし、市街地に接し標高329Mの金華山はコースも数多く整備され手軽に登ることができて、老若男女誰もが楽しめる山である

今日の下りは裏側の高坂・唐笠コースから水道山経由で下山。すぐ近くの柳ケ瀬商店街を抜け岐阜駅まで歩いた
岐阜市の中心街も以前のような賑わいがない。「柳ケ瀬」の地盤沈下が甚だしい
街を歩く人が少なくなり、路面電車を廃止までした道路は車の通行量も減ってきているように見える。バスの多くもガラガラで走っている

先日、テレビの番組で岐阜市が取り上げられ、岐阜の人はどこで買い物するのですか?という質問に市民は即座に答えられず、「岐阜には百貨店が1店しかなく、多くの市民は電車で20分でいける名古屋で買い物をしている」というコメントで締められた
このコメントは嘘ではないだろう。しかしこの岐阜で長年流通業に携わったものとして、このコメントが全国放送で流されたことに大変不愉快を感じたのは僕だけだろうか
人間主義都市・コンパクトシティを目指す細江岐阜市長はこの番組をどう思われたのだろう
コンパクトになった街で、そこに住む人間は安全に便利に安心して生活ができる、ということだと思うが大賛成だ
クルマ中心社会で無秩序に広がった市街地を「縮小」するという英断・・・・・クルマをできるだけ排除し環境にも市民生活にもやさしい、かつ、人でにぎわう活気ある街づくりへ、市長は早急に決断・実行してほしい
中身の濃い市街地を造れば、名古屋への流出を止め逆に名古屋から呼ぶことができるかもしれない
かっての柳ケ瀬歓楽街へは名古屋からタクシーをとばして来ていたというではないか・・・・・

初めての徳山ダム2010/07/08 13:21

徳山の集落はこの下に沈んでる
2010年7月7日(水)、今日は遠出はしたくないという気持ちが強い。ふと思いついた徳山ダム。

徳山村へは何度か行ったことがある。

徳山の下の横山ダムへ初めて来た時は今のように国道303号が整備されてなく、細い道を右へ左へしながら来た記憶がある。そこからさらに奥まで入るわけだ。根尾から峠を越えて入ったこともある。また、徳山を通り過ぎさらに奥へ、冠山峠を越えて福井県へも。
最後は何年前か?ダム湖に水没するためほとんどの住人が転居し、一部の建物が壊されている頃だった

藤橋城プラネタリュームの駐車場には2~3台の車があるのみ
そこから山沿いに道は高度を上げトンネルを抜けると、右手に石を積み上げた塊が目に入ってきた。するとすぐ徳山ダム入り口の看板。
同じロックフィルダムの御母衣ダムに比べて、その対面の迫力はずっと小さかった。これが国内最大のダム?という感じ。

脱ダムが言われる中、古い計画のダムが結局造られてしまったが、このダムによる治水・利水・発電などの数字、そして自然環境との調和などが述べられているが、どうしてもそれらを鵜呑みにすることはできない。
水余りが言われて久しいのに、このダムの建設の意義を上げたいのか、さらに導水路建設計画を立ててきている
今の選挙の候補者の一人は「利水のために導水路が必要でありそのためにダムを造った」などとこじつけというか本末転倒というか、馬鹿げたことを言っている

帰りは馬坂峠から樽見へ出て帰ることにした。
ダム建設による付け替え道路から旧来の道路へ入ったとたん、道の質が変わった

山中を走るのは、このような狭く曲がりくねった道が似合う