伊吹山を見ながら ― 2008/11/19 19:04
明日どこへ行こうかと考えていたところ、寒気が下りてきて日本海側で今期初雪のところが続々。明日は飛騨地方はもちろん美濃山間部も雪が降るとの予報。
2008年11月19日(水)、西岐阜発10時37分で大垣へ出、米原行きに乗換える。意外や平日の岐阜方面から米原行き直通は朝2本と夕方からの数本しかない。次の米原行きは11時12分発、米原から来たのが折り返し米原行きになるようだが出発時間になっても来ない。
何の案内もなく10分以上遅れて出発した米原行き電車は快調に走る。強い日差しが窓から入るが空には大きな雲がいくつも浮いている。伊吹山は上部に雲がかかってあまり見えない。
大垣を出てしばらくすると美濃赤坂への線が北へ分岐するが、そのすぐ西で米原行きは下りの本線から分岐してまっすぐ垂井へ向かう。本線は右へ大きくカーブして北の山のほうへ行っている。特急や貨物列車は今もこの線で北へ大きく迂回して関ケ原へ入っていく。以前、蒸気機関車の時代には大垣から関ケ原へ一直線で上がるのは厳しく、勾配をゆるくするため山側を迂回するこの線が作られたわけだ。
垂井・関ヶ原を過ぎ滋賀県に入り柏原で降りる。ここは何度も通るが下車するのは初めて。
ここでなぜ降りたかというと、雪のかぶった伊吹山をバックに走る列車の写真を撮ってみたかったから。そして隣の近江長岡まで東海道線に沿って道路があり、5~6キロの距離はミニウオーキングにもなる。
11時45分ごろ到着した電車から降りた客はまばら。駅舎に改札口がなく切符回収箱があった。が、窓口には駅員がいた。
駅からまっすぐ歩くとすぐ中仙道に出る。うしろを振返ると駅舎の上に伊吹山がのっていた。岐阜から見る伊吹はどちらかといえば三角だがここからは半円である。
中仙道を西に進む。中仙道柏原宿の面影を残すよう整備されているが歩く人はほとんど見ない、車もわずかなのでゆったりした町並みだ。このまま中仙道を進みたい気もあるが、駅から10分程、近江長岡方面への道へ右折する。
まもなく町並みが途切れ、中学校を目の前に見て左方向へ行くと伊吹山が右正面に大きく全容を現わした。頂上は雲に隠れているが雲の下あたりに少し雪の筋が見える。雲は流れているので頂上も見えてくるかもしれない。
田んぼの中を右折し伊吹山に向かうように行くと右側から東海道線が近づいてきた。
名神高速と国道21号は柏原からそのまま西へ向かうが、東海道線はここで直角にカーブし北へ向かい、そして山に沿うように再び西へ向き近江長岡へ入る。かって東海道線が開通した当初は関ヶ原から北西に進み長浜へ通じていた。長浜から琵琶湖の船で大津まで結んでいたのだが琵琶湖の南に線路が敷かれ、米原ー関ヶ原を結ぶ時それまでの線路との絡みでこのようなカーブが出来たようだ。国道365号はその線路跡を利用している。
この時間帯の東海道線大垣ー米原は普通列車が30分に1本、特急が2時間に1本、平均すると上下あわせて1時間に5本の電車が走る。東海道線全線では一番運転頻度の低い区間だ。
歩いているとあまり歩を止めたくない。ここに電車が通ればいいなあと思うところでも10分15分待つのはつらい。この先のあのカーブの向こうにもいいところがあるのではと思ってしまう。風景写真はじっくり腰を据えてでないと撮れないのだが・・・
道は2車線の舗装道路で歩道はほとんどない。車の通行も大変少ないので歩くに支障はない。数百m東に並行して走る道路があるのになぜこんな道を作るのだろう。途中一軒の民家もなかった。
東海道在来線に比べ新幹線は、おっまた来たというように通り過ぎる。今回新発見したのが、この1時間半の間に在来線に貨物列車が何本も走ってたこと。環境問題から鉄道貨物輸送が見直されているが、電車に乗ってすれ違う貨物列車を見る限りあまり実感してなかったがこうして線路脇で見ると納得できた。環境・エネルギー・交通事故・騒音・大量輸送などの面で優れている鉄道輸送システムを再構築してゆくことをJR貨物以外も考えてほしい。ほとんどの駅で貨物用のレールがはがされていってるが、それでいいのだろうか。そして新幹線網が広がっているので新幹線を使った貨物輸送もあったらどうだろう。
結局思ってた写真は撮れず13時10分頃近江長岡駅に来てしまった。電車は出たばかりで次は40分。腹ごしらえと思うがそれらしき店はない。駅舎は小さいが、かって伊吹夜行登山の最寄り駅であり、廃線になったが伊吹山の石灰岩からのセメント工場への引込み線もあって駅は大きい。
駅改札口横に売店があり、パンとつまみとビールを仕入れる。久しぶりの昼間のビールはよくまわった。30分はすぐだった。
大垣行きには4人しか乗らなかった。車内もすいている。発車してすぐ左車窓には、雲が切れうっすら雪のかぶった頂上を見せる伊吹山があった。
2008年11月19日(水)、西岐阜発10時37分で大垣へ出、米原行きに乗換える。意外や平日の岐阜方面から米原行き直通は朝2本と夕方からの数本しかない。次の米原行きは11時12分発、米原から来たのが折り返し米原行きになるようだが出発時間になっても来ない。
何の案内もなく10分以上遅れて出発した米原行き電車は快調に走る。強い日差しが窓から入るが空には大きな雲がいくつも浮いている。伊吹山は上部に雲がかかってあまり見えない。
大垣を出てしばらくすると美濃赤坂への線が北へ分岐するが、そのすぐ西で米原行きは下りの本線から分岐してまっすぐ垂井へ向かう。本線は右へ大きくカーブして北の山のほうへ行っている。特急や貨物列車は今もこの線で北へ大きく迂回して関ケ原へ入っていく。以前、蒸気機関車の時代には大垣から関ケ原へ一直線で上がるのは厳しく、勾配をゆるくするため山側を迂回するこの線が作られたわけだ。
垂井・関ヶ原を過ぎ滋賀県に入り柏原で降りる。ここは何度も通るが下車するのは初めて。
ここでなぜ降りたかというと、雪のかぶった伊吹山をバックに走る列車の写真を撮ってみたかったから。そして隣の近江長岡まで東海道線に沿って道路があり、5~6キロの距離はミニウオーキングにもなる。
11時45分ごろ到着した電車から降りた客はまばら。駅舎に改札口がなく切符回収箱があった。が、窓口には駅員がいた。
駅からまっすぐ歩くとすぐ中仙道に出る。うしろを振返ると駅舎の上に伊吹山がのっていた。岐阜から見る伊吹はどちらかといえば三角だがここからは半円である。
中仙道を西に進む。中仙道柏原宿の面影を残すよう整備されているが歩く人はほとんど見ない、車もわずかなのでゆったりした町並みだ。このまま中仙道を進みたい気もあるが、駅から10分程、近江長岡方面への道へ右折する。
まもなく町並みが途切れ、中学校を目の前に見て左方向へ行くと伊吹山が右正面に大きく全容を現わした。頂上は雲に隠れているが雲の下あたりに少し雪の筋が見える。雲は流れているので頂上も見えてくるかもしれない。
田んぼの中を右折し伊吹山に向かうように行くと右側から東海道線が近づいてきた。
名神高速と国道21号は柏原からそのまま西へ向かうが、東海道線はここで直角にカーブし北へ向かい、そして山に沿うように再び西へ向き近江長岡へ入る。かって東海道線が開通した当初は関ヶ原から北西に進み長浜へ通じていた。長浜から琵琶湖の船で大津まで結んでいたのだが琵琶湖の南に線路が敷かれ、米原ー関ヶ原を結ぶ時それまでの線路との絡みでこのようなカーブが出来たようだ。国道365号はその線路跡を利用している。
この時間帯の東海道線大垣ー米原は普通列車が30分に1本、特急が2時間に1本、平均すると上下あわせて1時間に5本の電車が走る。東海道線全線では一番運転頻度の低い区間だ。
歩いているとあまり歩を止めたくない。ここに電車が通ればいいなあと思うところでも10分15分待つのはつらい。この先のあのカーブの向こうにもいいところがあるのではと思ってしまう。風景写真はじっくり腰を据えてでないと撮れないのだが・・・
道は2車線の舗装道路で歩道はほとんどない。車の通行も大変少ないので歩くに支障はない。数百m東に並行して走る道路があるのになぜこんな道を作るのだろう。途中一軒の民家もなかった。
東海道在来線に比べ新幹線は、おっまた来たというように通り過ぎる。今回新発見したのが、この1時間半の間に在来線に貨物列車が何本も走ってたこと。環境問題から鉄道貨物輸送が見直されているが、電車に乗ってすれ違う貨物列車を見る限りあまり実感してなかったがこうして線路脇で見ると納得できた。環境・エネルギー・交通事故・騒音・大量輸送などの面で優れている鉄道輸送システムを再構築してゆくことをJR貨物以外も考えてほしい。ほとんどの駅で貨物用のレールがはがされていってるが、それでいいのだろうか。そして新幹線網が広がっているので新幹線を使った貨物輸送もあったらどうだろう。
結局思ってた写真は撮れず13時10分頃近江長岡駅に来てしまった。電車は出たばかりで次は40分。腹ごしらえと思うがそれらしき店はない。駅舎は小さいが、かって伊吹夜行登山の最寄り駅であり、廃線になったが伊吹山の石灰岩からのセメント工場への引込み線もあって駅は大きい。
駅改札口横に売店があり、パンとつまみとビールを仕入れる。久しぶりの昼間のビールはよくまわった。30分はすぐだった。
大垣行きには4人しか乗らなかった。車内もすいている。発車してすぐ左車窓には、雲が切れうっすら雪のかぶった頂上を見せる伊吹山があった。
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